厚生労働省は令和6年度「法的脳死判定マニュアル2024」を公表し、脳死判定プロトコルの大幅な改訂を実施した。本改訂は国際的コンセンサス「BD/DNC基準(2020年)」を反映し、ECMO装着患者への対応や小児判定基準の明確化など、臨床現場のニーズに応える内容となっている。特に瞳孔評価困難例における脳血流検査の代替的適用と判定医の遠隔参加許可が注目される。
脳死の定義と法的位置付け
脳死は「自発呼吸の消失」と「脳幹を含む全脳機能の不可逆的停止」を必須条件とし、臓器移植法第6条に基づく法的判定を経て死亡が宣告される。判定には2名以上の専門医(救急医学・集中治療医学等の認定資格保有者)の共同作業が求められ、6歳未満の小児では平成11年度厚生省基準が適用される。
前提条件の厳格化
- 器質的脳病変の確定診断:頭部CT/MRIによる画像診断が必須であり、外傷性脳損傷・脳血管障害・低酸素性脳症など原疾患の特定が求められる
- 治療可能性の排除:原疾患に対する最大限の治療(開頭減圧術・低体温療法など)を実施した上で、回復不能と判断されることが条件
施設基準
- 大学病院・救命救急センター・学会認定集中治療施設など、高度医療を提供する機関に限定
- ECMO・血液浄化療法・神経放射線診断装置の常備が強く推奨される
深昏睡の客観的評価法
顔面痛覚刺激(眼窩上切痕圧迫)に加え、脊髄自動運動(ラザロ徴候・三重屈曲反射)との鑑別が重要。脳死下で観察される運動は脊髄レベルで完結するため、除脳硬直や全身性痙攣を認めた場合は判定を中止する。
瞳孔・脳幹反射検査の代替手法
鼓膜損傷・眼球外傷例では以下の優先順位で代替検査を実施:
- CTアンギオグラフィ(CTA):遅延相で内頸動脈サイフォン部以遠の血流消失を確認
- SPECT:"Empty skull sign"の確認(頭蓋内放射性トレーサー集積欠如)
- 血管造影(DSA):ゴールドスタンダードだが侵襲性が課題
無呼吸テストのECMO対応
VA-ECMO装着時は以下の特別手順を適用:
- Sweep gas流量を0.5-1L/minに制限し、CO₂蓄積を促進
- 右橈骨動脈と人工肺後方の2箇所でPaCO₂≥60mmHgを確認
- FiO₂1.0・PEEP5-10cmH₂O下で酸素化を維持
小児脳死判定の要件
- 対象年齢:在胎週数40週以上の乳児で生後12週以降
- 判定間隔:
- 6歳未満:24時間以上の間隔を空けた2回判定
- 6歳以上:成人同様6時間間隔
- 血圧基準:収縮期血圧≥(年齢×2)+65mmHg(1-13歳)
改訂のポイント
補助検査の位置付け変更
- 脳血流検査:必須項目から除外され、瞳孔評価不能例に限定適用
- ABR検査:脳幹成分(III波以降)の消失確認が補助的指標に
倫理的配慮の強化
- 臓器提供意思表示のない18歳未満患者では、児童相談所の虐待調査終了が前提
- 外因性脳損傷例では警察との事前連絡が推奨される
薬物影響の評価
プロポフォール・ベンゾジアゼピン使用例では以下を実施:
- 血中濃度測定(可能な場合)
- 薬理学的半減期×5以上の休薬期間
- 筋弛緩薬影響除外のためTOFモニタリング
体温管理の重要性
- 6歳未満:深部体温≥35℃
- 6歳以上:≥32℃(低体温によるCO₂蓄積遅延を防止)
今後の展望
2025年開催の第52回日本集中治療医学会でECMO下判定ガイドラインのさらなる精緻化が予定されている。またAIを用いた自動脳波解析システムの臨床導入が研究段階にあり、判定の標準化が期待される。
本マニュアル改訂は、ECMO技術の進歩と多施設共同研究の成果を反映した画期的な改訂である。臨床現場では瞳孔評価困難例へのCTA活用とECMO下無呼吸テストの手順習得が急務となる。研修医・医学生は脳死判定に伴う倫理的課題(臓器提供意思確認・家族対応)についても学びを深める必要がある。
(注)本記事は厚生労働省「法的脳死判定マニュアル2024」に基づき作成され、公益性を考慮し転載を許可されています。