「なぜ弘前大学が北海道の原子力防災訓練?」と思ったあなた!実は弘前大学は北海道・青森県・宮城県の原子力防災担当大学なんです本当に。正確には高度被ばく医療支援センター(高度被ばく傷病者の受入れ)と原子力災害医療・総合支援センター(原子力災害医療派遣チームの派遣)が設置されています。全国の概況は以下のようになってます(福井大学に高度被ばく医療支援センターが新設されました)。
さてこの原子力防災訓練ですが、毎年北海道・青森県・宮城県で開催されています。北海道唯一の泊原発は未だ再稼働しておりません。しかし、燃料は貯蔵されています事故が起こらないとも限りません。今回評価者として奈良岡先生・井瀧先生が泊原発近隣の岩内協会病院での訓練へ参加いたしましたので、その様子を奈良岡先生にレビューしてもらいます!
泊原子力発電所の現状と原子力防災訓練の重要性
10月31日、北海道電力泊発電所において、原子力災害医療活動訓練(傷病者搬送訓練)が実施されました。私(奈良岡)はこの訓練に評価者として参加し、岩内協会病院における医療スタッフの対応を評価するという貴重な経験をさせていただきました。
今回の記事では、まず泊原発の稼働状況と安全確保のための避難計画について概説し、次に訓練の詳細と私の評価、そして訓練を通して得られた知見や今後の課題について述べたいと思います。医学生・研修医の皆さんにとって、原子力災害医療について理解を深める一助となれば幸いです。
泊発電所は、北海道電力唯一の原子力発電所であり、1号機、2号機、3号機の3基の原子炉を有しています。しかし、福島第一原子力発電所事故以降、新規制基準への適合性審査が長期化し、1号機と2号機は、それぞれ2011年と2012年から停止しており、再稼働の見通しは立っていません。
3号機は、2023年5月に再稼働を果たしましたが、定期検査のため2024年9月10日から再び停止しています。このように、泊発電所は、原子力発電所の安全性を巡る社会的な議論の中で、その稼働状況が大きく変化している施設といえます。北海道電力は泊原発3号機の再稼働に向けて原子力規制委員会の審査を受けており、津波対策として高さ19メートルの新たな防潮堤の工事を進めています。
泊発電所では、原子力災害発生時に備え、住民の安全確保を最優先に考えた多層的な安全対策を講じています。まず、発電所自体には、最新の技術を導入した安全装置が設置され、事故の発生を未然に防ぐための対策が徹底されています。
さらに、万が一事故が発生した場合でも、その影響を最小限に抑えるための対策も充実しています。例えば、発電所から半径5km以内を「PAZ(予防的防護措置区域)」、半径30km以内を「UPZ(緊急防護措置区域)」として指定し、放射線量に応じて住民の避難や屋内退避などの防護措置を段階的に実施する計画が策定されています。
原子力災害対策の重点区域は泊発電所を中心とする半径30km圏内(UPZ)で、泊村、共和町、岩内町、神恵内村、寿都町、蘭越町、ニセコ町、倶知安町、積丹町、古平町、仁木町、余市町、赤井川村の13町村が対象となっています。
また、原子力災害医療体制も整備されており、発電所構内には救護所が設置され、負傷者の初期対応が行われます。さらに、岩内協会病院が原子力災害医療協力機関、札幌医科大学病院が原子力災害拠点病院として指定され、専門的な医療を提供する体制が構築されています。
10月31日 原子力災害医療活動訓練 - 岩内協会病院での取り組み
今回の訓練は、泊発電所3号機内で発生した冷却水漏えい事故を想定し、作業員1名が負傷したというシナリオで行われました。負傷者は、まず発電所構内で応急処置と除染を受けた後、岩内協会病院に搬送されました。
岩内協会病院は原子力災害医療協力機関として、負傷者の二次的な除染、放射線による内部被ばくの検査、そして必要な医療処置を行う役割を担っています。訓練では、病院スタッフが迅速かつ的確にこれらの対応を行い、負傷者を安定化させた後、札幌医科大学病院へ搬送するという流れがシミュレートされました。
訓練の詳細と評価
訓練のタイムスケジュールは以下の通りでした:
- 9:00 訓練開始・傷病者発生(泊原発建屋内の想定)
- 9:10 救急車要請、救急患者記録用紙(第1報)送付
- 9:30 救急車泊発電所到着
- 9:50 救急車養生完了
- 9:55 救急車発電所出発
- 10:10 救急車岩内協会病院到着
- 10:20 救急患者記録用紙(第3報)送付
- 10:30 救急車岩内協会病院出発
- 10:45 救急車岩内埠頭到着、傷病者引き継ぎ
- 10:55 傷病者引き継ぎ完了
- 11:00 ヘリ岩内埠頭離陸(※ヘリとみなした北電車両が埠頭を出発)
ここまでが岩内協会病院での訓練、以降は札幌医科大学附属病院での訓練となりました(同日本当に札医で訓練あり)。
- 11:25 ヘリ丘珠空港着陸(想定)
- 13:30 札医大病院ヘリポートでの傷病者受入れスタート
- 15:00 傷病者搬送訓練終了
評価者として岩内協会病院における医療スタッフの対応を詳細に観察し、まず感銘を受けたのは、スタッフ全員が原子力災害医療に対する高い知識と技術を有していたことです。除染 procedures、放射線防護対策、被ばく医療に関する知識など、専門的な知識をしっかりと理解し、実践している様子が伺えました。
また、スタッフ間の連携も非常にスムーズで、それぞれの役割を理解し協力して負傷者に対応していました。特に、医師、看護師、放射線技師、臨床検査技師といった多職種が連携し、効率的かつ効果的な医療を提供できていた点は特筆に値します。
訓練の特徴と医療スタッフの対応
さらに、スタッフの皆様の訓練に対する真摯な姿勢も高く評価できるものでした。緊張感のある状況下でも、冷静沈着に、そして丁寧に負傷者に対応しており、医療従事者としてのプロ意識を感じました。特に印象的だったのは、以下の点です:
汚染拡大防止への徹底した対応
- 傷病者処置中、スタッフは躊躇なく何回も手袋(アウター)を交換し、感染および汚染拡大防止に細心の注意を払っていました。
エリア管理の厳密性
- ホットエリアとコールドエリアの明確な区分け
- 北海道電力の放射線管理要員の皆様・放射線技師が汚染拡大のリスクを十分に理解し、専門的な作業に集中していました。
個人防護具(PPE)の適切な使用
- PPE脱装時も、汚染が拡大しないように細心の注意を払っていました。
医学生・研修医へのメッセージ
この訓練は、単なる机上の演習ではなく実践的な危機管理能力を磨く貴重な機会です。放射線災害医療においては、技術的スキルだけでなく、冷静さと慎重さが最も重要です。岩内協会病院のスタッフは、まさにこの原則を体現していました。医学を志す皆さんへ、彼らの姿勢から学ぶべきことは多いでしょう。
原子力災害医療は、高度な専門性と学際的なアプローチを要する分野です。今回の訓練は、医療専門家としての責任と使命感を改めて認識させてくれる、極めて意義深い経験でした。
今後の課題と改善点
今回の訓練を通じて、以下の改善点が明らかになりました:
- 搬送時のパッキング方法:汚染の疑いがある傷病者を搬送する際、より効率的かつ安全なパッキング方法が求められます。
- シューズ裏 脱装後のサーベイ:ホットエリアからコールドエリアへの移動時、シューズカバーを脱いだ後の靴底サーベイが必須です。
- コールドエリアの放射線スクリーニング:コールドエリアでの放射線スクリーニング体制を強化し、汚染拡大を防ぐ必要があります。
結論
今回の原子力災害医療活動訓練は、岩内協会病院のスタッフの高い専門性と危機管理能力を示す素晴らしい機会となりました。医学生や研修医の皆さんにとって、原子力災害医療の実践的な理解を深める貴重な経験となったことでしょう。
今後も、より一層の訓練と改善を通じて、原子力災害に備えた医療体制の強化を図ることが重要です。岩内協会病院のスタッフの皆様、そして訓練に参加した全ての方々に感謝の意を表します(北海道電力の皆様が非常に協力的でとても好感が持てました)。来年もよろしくお願いいたします。