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脳卒中治療ガイドライン2021 [改訂2025]:改訂の解説

「脳卒中治療ガイドライン2021 [改訂2025]」の策定と改訂項目について、医学生・研修医向けに解説します。

2025年6月30日、日本脳卒中学会は「脳卒中治療ガイドライン2021 [改訂2025]」(以下、本ガイドライン)を公開しました。この改訂は、「脳卒中治療ガイドライン2021 [改訂2023]」の52項目を差し替えるもので、脳卒中治療における最新のエビデンスが反映されています。医学生や研修医の皆さんにとって、脳卒中治療の最前線を理解し、日々の臨床に役立てる上で非常に重要な情報源となります。本稿では、この改訂版の主なポイントと、皆さんが注目すべき変更点について詳しく解説します。

ガイドライン改訂の背景と目的

脳卒中治療の分野は、t-PA静注療法や機械的血栓回収療法、脳動脈瘤に対する血管内治療など、治療手段の急速な発展により、新たな知見が目まぐるしく発信されています。従来の5〜6年ごとの全面改訂では、これらの治療概念の変化を迅速にガイドラインに反映させることが困難になっていました。そこで、「脳卒中治療ガイドライン2015」以降は、2年ごとに新たなエビデンスを「追補」という形で反映させる方針が取られています。本ガイドラインは、2022年1月から2023年12月までの2年間に発表された日本語および英語の論文の中から、「レベル1のエビデンス」および「レベル3以下だったエビデンスがレベル2となっていて、かつ、特に重要と考えられるもの」を中心に採用しています。また、2024年1月以降に発表された特に重要な論文もハンドサーチ文献として引用されています。

今回の改訂では、「改訂した箇所が分かりにくい」という以前のフィードバックを受け、各章に「改訂のポイント」が追加され、より利用しやすくなっています。

エビデンスレベルと推奨度

本ガイドラインでは、治療推奨の根拠となるエビデンスの質と推奨の強さが明確に示されています。これは、皆さんが臨床現場で意思決定を行う上で非常に役立つ指標です。

表1 引用文献のエビデンスレベルに関する本委員会の分類 (2021)

エビデンスレベルは、Oxford Centre for Evidence-Based Medicine 2011 Levels of Evidenceに準拠しています

  • レベル1: ランダム化試験のシステマティックレビューなど、最も質の高いエビデンス
  • レベル2: ランダム化試験、発端コホート研究など
  • レベル3: 非ランダム化比較コホート研究など
  • レベル4: 症例集積研究、症例対照研究など
  • レベル5: メカニズムに基づく推論など

表2 推奨文のエビデンスレベルに関する本委員会の分類 (2021)

  • : 良質な複数RCTによる一貫したエビデンス、今後の研究で評価が変わることはまずない
  • : 重要なlimitationのある複数RCTによるエビデンス、今後の研究で評価が変わる可能性が高い
  • : 観察研究、体系化されていない臨床経験、もしくは重大な欠陥をもつ複数RCTによるエビデンス。あらゆる効果の推定値は不確実

表3 推奨度に関する本委員会の分類 (2021)

  • 強い推奨 (A): 行うよう勧められる、行うべきである
  • 中等度の推奨 (B): 行うことは妥当である
  • 弱い推奨 (C): 考慮しても良い、有効性が確立していない
  • 利益がない (D): 勧められない、有効ではない
  • 有害 (E): 行わないよう勧められる、行うべきではない

主要な改訂項目と注目すべき点

本ガイドラインでは多岐にわたる項目が改訂されていますが、特に注目すべきポイントをいくつかご紹介します。

I. 脳卒中一般

  • 非弁膜症性心房細動(NVAF)による心原性脳塞栓症の一次予防:CHADS2スコア1点以上の場合、直接作用型経口抗凝固薬(DOAC)の投与が第一に勧められ、次いでワルファリンの投与も妥当であるとされています。日本人における脳梗塞リスクの層別化にはHELT-E2S2スコアがより適していると報告されましたが、治療方針に実質的な変更はありません
  • 高血圧の管理:降圧薬の内服タイミングについて、朝でも夜でも心血管イベントの発症率に差がないとの試験結果が取り上げられ、個々の患者の内服しやすい時間、アドヒアランスが良好となる時間、副作用が出にくい時間での内服が推奨されました
  • 脂質異常症の管理:スタチン不耐性の脂質異常症に対し、新規高コレステロール血症治療薬Bempedoic acid(国内申請中未承認)が脳卒中を含む心血管イベントを抑制したことが言及されています
  • 心疾患の管理:心房細動を伴う左心系の生体弁置換術後の患者において、ワルファリンの代わりにDOAC投与を考慮しても良い(推奨度C、エビデンスレベル中)と改訂されました
  • 肥満・メタボリックシンドロームの管理:心血管疾患の既往があり、糖尿病がなくても肥満による脳卒中の予防にGLP-1受容体作動薬を考慮しても良い(推奨度C、エビデンスレベル低)という新たな推奨文が採用されました
  • 血液バイオマーカー:スタチン投与中のアテローム動脈硬化症のハイリスク患者では、hs-CRP値がLDLコレステロール値よりもその後の心血管イベントの予測因子となることが取り上げられました
  • 脳卒中急性期の全身管理(血圧、脈、心電図モニター):機械的血栓回収療法を行う場合、血栓回収前の降圧は必ずしも必要ではないが、血栓回収後には収縮期血圧180mmHg以下に速やかな降圧を行うことは妥当であるとされました。一方で、血栓回収中および回収後には収縮期血圧140mmHg以下の過度な血圧低下は避けるよう勧められています(推奨度E、エビデンスレベル中)
  • 脳卒中急性期の全身管理(意識レベル、鎮静):脳梗塞超急性期の血栓回収療法時には、鎮静薬のみの意識下または全身麻酔のいずれも妥当である(推奨度B、エビデンスレベル中)と改訂されました
  • 脳卒中急性期の全身管理(栄養など):脳卒中急性期には高血糖を是正し、180mg/dL未満に血糖を保つことを考慮しても良い(推奨度C、エビデンスレベル低)と改訂されました
  • 脳卒中急性期の合併症予防・治療(感染症):脳卒中急性期患者を対象とした小規模な無作為試験で、ドンペリドンがプラセボと比較して誤嚥性肺炎を有意に抑制したという試験結果が追記されました。
  • 脳卒中急性期の合併症予防・治療(痙攣):脳卒中急性期における予防的抗てんかん薬投与について、バルプロ酸およびジアゼパムが脳卒中後痙攣の予防効果を認めなかったというCochraneの解析結果が追記されました
  • 脳卒中急性期の地域連携:救急隊が脳卒中を疑った発症3時間以内の症例に現場でニトログリセリン貼付剤を投与する試験(国内未承認)が行われたが、対照群と比較して予後は改善しなかったことが解説されました

II. 脳梗塞・TIA

  • 脳梗塞軽症例におけるrt-PA投与:脳梗塞軽症患者の超急性期治療として、適応を慎重に検討した上で、アルテプラーゼの投与を考慮しても良い(推奨度C、エビデンスレベル中)とされました。ただし、中国で行われたARAMIS試験で使用されたアルテプラーゼの用量がわが国の用量と異なる点には注意が必要です
  • 経静脈的血栓溶解療法(IVT):アルツハイマー病に対して抗アミロイド抗体治療薬(レカネマブなど)の投与を受けている患者に対し、IVT前のMRI所見を確認し、通常より慎重に適応を検討することが推奨に追加されました。ARIA(amyloid-related imaging abnormality)を認める症例では頭蓋内出血の危険性が高まる可能性があるためです
  • 経動脈的血行再建療法(MT):最終健常確認時刻から6時間を超えた内頚動脈または中大脳動脈M1部の急性閉塞による脳梗塞や、ASPECTSが3~5点の広範囲虚血領域を有する脳梗塞に対するMTの推奨文が変更されました。また、広範囲脳梗塞例(DWI-ASPECTS 3未満)かつ発症から6.5時間以内の脳梗塞例に対するMTは、リスク・ベネフィットを考慮し慎重な判断を求めています
  • 抗血小板療法:脳梗塞軽症患者の超急性期治療として、アルテプラーゼ投与の代わりに抗血小板薬(単剤もしくは2剤併用)投与を考慮する推奨が加わりました
  • 抗凝固療法:非弁膜症性心房細動を伴う急性期脳梗塞患者に対し、発症早期(発症後4日以内)からのDOACによる抗凝固療法の安全性と有効性が確認され、妥当であるとされました
  • 慢性期の抗血小板療法:ラクナ梗塞に対する慢性期の抗血小板療法において、シロスタゾールの有効性が示され、推奨文の一部が改訂されました
  • 開頭外減圧術:中大脳動脈灌流領域梗塞例で、60歳以上の症例に関する推奨文が、「若年者と比較して機能予後が悪いことを踏まえた上で、外減圧術を行うことを考慮しても良い」と変更され、慎重な適応判断を求めています

III. 脳出血

  • 脳出血急性期の血圧管理:脳出血急性期における血圧高値に対し、できるだけ早期に収縮期血圧140mmHg未満へ降圧することは妥当である(推奨度B、エビデンスレベル高)とされました。その下限を110mmHg超に維持することも考慮しても良い(推奨度C、エビデンスレベル低)とされています
  • 抗血栓療法中の脳出血急性期における血液製剤・中和薬投与:ビタミンK阻害薬服用中の脳出血に対するプロトロンビン複合体製剤による中和療法のエビデンスレベルが高くなりました。DOAC服薬への中和療法は、明確な機能転帰改善効果が示されていないものの、世界的に行われているため妥当のままとなりました。抗血小板薬服用中の脳出血患者に対する血小板輸血は勧められません(推奨度D、エビデンスレベル高)

IV. くも膜下出血

  • 遅発性脳血管攣縮の予防:急性期破裂脳動脈瘤治療後の腰椎ドレナージ留置が、血管内治療例だけでなく外科手術例も含めて推奨度B、エビデンスレベル中となりました。一方、遅発性脳血管攣縮発症前のtriple H療法は科学的根拠がなく、行うべきではない(推奨度E、エビデンスレベル低)と明記されました

V. 無症候性脳血管障害

  • 無症候性脳梗塞に対する抗血小板療法:無症候性の画像変化を伴う脳小血管病患者を対象としたシステマティックレビューにおいて、抗血栓薬に認知機能に対する効果は見られず、むしろ出血リスクの上昇が示唆されたため、一律での抗血小板療法は勧められないとされました
  • 大脳白質病変に対する運動療法:中強度持久性トレーニングや高強度インターバルトレーニングによる5年間の運動療法が、大脳白質病変の体積増加を抑制せず、むしろ悪化を示したことから、大脳白質病変に対する運動療法のエビデンスは乏しいと判断され、推奨文から削除されました
  • 無症候性頚部頚動脈狭窄・閉塞:CEAとCASを比較したRCTのメタ解析がアップデートされ、術後30日以内の脳卒中リスクはCEAよりもCASで高かったものの、長期的な複合エンドポイントの発生に差はないとされました

VI. その他の脳血管障害

  • 動脈解離に対する抗血栓薬投与:虚血症状を発症した頭蓋外動脈解離における抗血栓療法の推奨度B、エビデンスレベルが高になりました。また、解離部に瘤形成が明らかな場合の抗血栓療法は「行わないよう勧められる(推奨度E)」から「勧められない(推奨度D)」に変更されました
  • 凝固亢進状態(抗リン脂質抗体陽性者):抗リン脂質抗体陽性者の脳梗塞再発予防において、DOACはワルファリンと比較して脳梗塞再発を抑制できない可能性があり、「使用を勧められない(推奨度D、エビデンスレベル低)」から「使用するべきではない(推奨度E、エビデンスレベル高)」に変更されました

VII. 亜急性期以後のリハビリテーション診療

リハビリテーション診療の章では、脳卒中後の運動障害、歩行障害、上肢機能障害、痙縮、疼痛、摂食嚥下障害、失語症および構音障害、高次脳機能障害、脳卒中後うつ、精神症状について、多くの新しいエビデンスが追加され、推奨文が改訂または新規追加されています。特に、Brain-computer interface (BCI) を応用した訓練、反復性経頭蓋磁気刺激 (rTMS)、経頭蓋直流電気刺激 (tDCS) など、新しい治療法の有用性が多数報告されており、これらの治療が推奨度を上げています


今回の「脳卒中治療ガイドライン2021 [改訂2025]」は、脳卒中治療の進歩を反映した重要な改訂です。特に強調したいのは、単に推奨度やエビデンスレベルを覚えるだけでなく、その背景にある「改訂のポイント」を理解することの重要性です。なぜその推奨が変更されたのか、新たなエビデンスがどのような質のものであったのかを理解することで、より深く、かつ批判的にガイドラインを活用できるようになります。

脳卒中治療は日進月歩であり、新たなエビデンスが次々と生まれています。ガイドラインは常に最新の情報を反映しようと努力していますが、それでもタイムラグが生じることは避けられません。そのため、常に最新の知見にアンテナを張り、自ら情報を収集する姿勢が求められます。

このガイドラインが、脳卒中に苦しむ患者さんを一人でも多く救うための一助となることを心から願っています 。皆さんの日々の学習と臨床実践に、本ガイドラインが役立つことを期待しています。

-抄読会・症例検討会