
救急・集中治療の現場において、「いつ蘇生処置を終了するか」という判断は医療従事者にとって最も精神的負担が大きく、かつ倫理的葛藤を伴う意思決定の一つです。
現在の蘇生ガイドラインでは、院外心停止(OHCA)における蘇生中止(Termination of Resuscitation: TOR)の基準はある程度確立されていますが、院内心停止(IHCA)については、中止の判断を導く検証済みの決定ルールがこれまで存在していませんでした。
最近、JAMA Internal Medicine誌(Holmbergら, 2025)に発表された研究では、大規模なデータに基づいたIHCAのための新たなTORルールが示されました。本記事では、将来の救急医療を担う皆さんに知っておいてほしい最新のエビデンスを解説します。
背景:既存ルールの限界と臨床的課題
これまでIHCAにおいて検討されてきた「UN10ルール」などの既存指標は、偽陽性率(生存の可能性がある患者を誤って死亡と予測する割合)が6%に達するなど、臨床現場で安全に使用するには精度が不十分でした。
不適切なタイミングでの蘇生中止は、救えるはずの命を失うリスクを孕んでいます。一方で、医学的に無益な(futile)蘇生を漫然と続けることは、患者の尊厳や限られた医療リソースの配分という観点からも課題となります。
研究の概要:3カ国約2万4千例のデータ検証
本研究では、デンマーク、スウェーデン、ノルウェーの3カ国における合計23,952名のIHCA患者のデータを解析しました。
研究チームは、ベッドサイドで即座に評価可能な6つの変数(年齢、初期波形、目撃の有無、モニター装着の有無、ICUでの発生か否か、蘇生時間)から、53,864通りの組み合わせを検証しました,。その結果、臨床現場で有用と考えられる5つのルールが特定されました。
最も精度の高い「4変数ルール」
特定されたルールのうち、最もパフォーマンスが優れていたのは、以下の4つの条件をすべて満たした場合に蘇生中止を検討するルールです。
- 目撃のない心停止(Unwitnessed arrest)
- モニターされていない状態(Unmonitored arrest)
- 初期波形が心静止(Initial rhythm of asystole)
- 蘇生時間が10分以上経過(Resuscitation duration ≥10 min)
4変数ルールの精度(30日生存予測)
- 偽陽性率: 0.6%(誤って死亡と予測したケースは1,000件中6件のみ)
- 陽性率(適応率): 11%(全症例の約1割において、無益な蘇生を回避できる可能性がある)
このルールは、30日後の死亡だけでなく、不良な神経学的予後や1年後の死亡に対しても高い予測精度を示しました。一方で、自己心拍再開(ROSC)そのものを予測する精度は低く、ROSCの有無だけで中止を判断することの危険性も示唆されています。
臨床現場での活用と今後の展望
このルールの価値は、「早すぎる不適切な蘇生中止を防ぐ」という点にあります。 例えば、上記の3条件(目撃なし、モニターなし、心静止)を満たしていても、蘇生開始から7分の時点ではこのルールに該当しません。10分経過した時点で改めて評価を行い、条件を満たしていれば中止を検討するという、動的な意思決定をサポートする指標となります。
ただし、日本の医療現場では「10分間」という時間は非常に短く感じられるかもしれません。実際に本研究の著者らも、このルールを導入する前には、その地域の生存率や医療体制に合わせた検証が必要であると述べています。
医学生・研修医の皆さんには、こうした科学的根拠(エビデンス)を理解した上で、目の前の患者さんの背景やご家族の意向を統合し、最善の意思決定ができる医師を目指してほしいと願っています。
引用文献: Holmberg MJ, et al. Termination of Resuscitation Rules for In-Hospital Cardiac Arrest. JAMA Intern Med. 2025;185(4):391-397.