最近マイコプラズマ感染症が流行っているそうです。マイコプラズマ感染症は、Mycoplasma pneumoniae による呼吸器感染症であり、特に小児や若年成人に多く見られます。飛沫感染により伝播し、潜伏期間は2〜3週間と比較的長いため、アウトブレイクが起こりやすい特徴があります。
マイコプラズマのみならず、市中肺炎一般の勉強を…というわけで、Lancetのセミナーを中心に簡単にまとめてみました。
市中肺炎(Community-acquired pneumonia: CAP)
1. 概要
市中肺炎(Community-acquired pneumonia: CAP)は、地域で発症する肺炎のことを指します。主に細菌やウイルスなどの病原体が原因となり、咳、発熱、呼吸困難などの症状を引き起こします。市中肺炎は世界中で重要な健康問題であり、適切な診断と治療が必要です。
市中肺炎は一般的に軽視されがちですが、実際には退院後1年以内に患者の約3分の1が死亡するなど、重大な死亡率をもたらす疾患です。免疫抑制状態の患者も多く、世界的に入院患者の約18%が免疫抑制のリスク因子を少なくとも1つ有しているとされます。しかし、この集団における管理に関する強力なエビデンスは乏しいのが現状です。
2. 疫学
世界疾病負荷研究によると、2016年に世界で発生した下気道感染症は3億3650万件で、10万人あたり32.2人でした。米国では2016年に市中肺炎による外来受診が420万件以上、2017年に救急外来受診が128万6000件ありました。
米国の2年間の研究では、年間の年齢調整罹患率が10万人あたり649人で、これは年間150万人以上の成人が市中肺炎で入院していることに相当します。入院中の死亡率は6.5%、30日後の死亡率は13.0%、6か月後は23.4%、1年後は30.6%でした。
低所得国では、人口ベースの疫学データは乏しく、主に病院の記録に基づいていますが、成人の入院理由として肺炎が最も多い原因の一つとなっています。
3. リスク因子
市中肺炎のリスク因子には以下のようなものがあります:
- 肺炎の既往 (オッズ比[OR] ≤6.25)
- 慢性心血管疾患 (OR ≤3.20)
- 脳卒中・認知症 (OR ≤2.68)
- 神経・精神疾患 (OR ≤3.20)
- COPD・気管支炎・喘息 (OR ≤2.17)
- 嚥下困難 (調整オッズ比[aOR] 2.10-11.90)
- 糖尿病 (aOR ≤1.33)
- 癌 (aOR ≤1.42)
- 慢性肝疾患 (aOR ≤1.87)
- 腎疾患 (aOR ≤1.78)
また、生活スタイルも市中肺炎のリスクになります:
- アルコール過飲 (OR ≤2.91)
- 体重減少 (OR ≤2.20)
- 10人以上との同居 (OR ≤2.20)
- 現在の喫煙 (aOR ≤2.00)
- 以前の喫煙 (aOR ≤1.04)
- 常時子供との接触 (OR ≤1.48)
さらに、免疫抑制状態も市中肺炎の重要な決定因子となります。
4. 臨床症状
市中肺炎の症状は多様で、軽度の発熱や咳から、重度の敗血症や呼吸不全まで幅広く、患者の免疫系、患者の特性、病原体の毒性の相互作用によって異なります。
主な症状には以下のようなものがあります:
- 咳嗽(特に持続する乾性咳嗽)
- 発熱(37.8度以上)
- 呼吸困難
- 胸痛
- 喀痰
65歳以上や免疫不全の患者では、疲労感や発熱なしの譫妄などの非典型的な症状が見られることがあります。
大規模観察研究では、肺炎の独立した予測因子として以下が挙げられています:
- 受診1週以内の胸部陰影像
- 37.8度以上の発熱
- 聴診でcrackle
- SO2 <95%
- 脈拍>100/分
病原体によっても症状が異なることがあります。例えば:
- レジオネラ:低ナトリウム血症、乾性咳嗽、LDH上昇
- マイコプラズマ:脳炎、急性精神症状、脳卒中
- 肺炎球菌:咳、呼吸困難、胸膜痛(最も一般的)、喀血(16-22%)
5. 診断
市中肺炎の診断には、臨床症状に加えて画像診断が必要です。胸部X線、CT、肺エコーのいずれかまたは全てで浸潤影の存在が必要です。
5.1 画像診断
- 胸部X線:最も一般的に使用される画像診断法ですが、合併症の存在や患者の状態によって性能が影響を受けることがあります。
- 胸部CT:肺炎を除外するための感度が高く、特定の集団(免疫不全患者など)での早期診断や合併症の評価に有用です。
- 肺エコー:放射線被曝がなく、ベッドサイドで実施可能。小児や妊婦にも使用可能で、胸水の検出に正確です。
注目すべき点として、X線で正常とされた患者の1/3はCTで肺炎が見られました。そのため、肺炎を疑う場合はCTを考慮する必要があります。
肺エコーは肺炎診断に感度94%(95%CI 92-96)、特異度96%(94-97)と高い精度を示しています。
5.2 微生物学的検査
American Thoracic Society(ATS)とInfectious Diseases Society of America(IDSA)の2019年ガイドラインでは、市中肺炎の入院患者に対し、喀痰グラム染色、喀痰培養、血液培養を推奨も否定もしていません。ただし、重症の場合や、MRSA、緑膿菌リスクのある場合(具体的には3か月内感染入院歴、抗菌薬静注投与既往)は必須とされています。
尿中肺炎球菌・レジオネラ抗原検査は、重症肺炎、レジオネラのアウトブレイク、旅行歴がある場合に推奨されます。
Real-time and multiplex panel PCRは、数時間で結果が得られ、市中肺炎の起因菌同定に有望な検査方法です。
6. 重症度評価と治療場所の決定
重症度評価と治療場所(外来か入院か)の決定には、主にPneumonia Severity Index(PSI)とCURB-65が使用されます。
6.1 PSI (Pneumonia Severity Index)
20項目を計算し、スコアに基づいて以下のように判断します:
- 70点以下:外来治療
- 71-90点:短期入院
- 90点以上:入院治療
- 130点以上:ICU入院
6.2 CURB-65
下記各1点。2点以上で入院推奨。
- Confusion(混迷)
- Urea(BUN>21)
- Respiratory rate(呼吸数≧30)
- Blood Pressure(sBP<90またはdBP≦60)
- 65(年齢≧65歳)
0-1点:軽症、2点:中等症、3点以上:重症
最新のATSとIDSAガイドラインでは、治療場所の決定にはCURB-65よりもPSIの使用を推奨しています。
7. 治療
7.1 抗菌薬治療
治療は疾患の重症度、MRSAリスク、緑膿菌リスクの3つを考慮して行います。
【軽症:健康外来患者でリスクなく、マクロライドの肺炎球菌耐性<25%の地域での推奨】
- アモキシシリン:細菌性肺炎(肺炎球菌)疑いで
- ドキシサイクリン:非定型肺炎疑いで
- マクロライド:非定型肺炎で
【中等症:外来患者で合併症(+)か入院軽症でかつMRSAや緑膿菌リスクがない時の推奨】
- 呼吸器キノロン単剤
- アモキシシリン/クラブラン酸またはセファロスポリンに、マクロライドまたはドキシサイクリンを併用
【重症でMRSAや緑膿菌のリスクがない時の推奨】
- β-ラクタム + マクロライド
- β-ラクタム + 呼吸器キノロン
MRSAや緑膿菌のリスクがある場合は、それぞれに対する抗菌薬を追加します。
7.2 治療期間
標準的投与期間は7-14日ですが、最近のメタアナリシスでは、重症度に関わらず6日以下の短期投与と7日以上の長期投与で成績に差がなく、短期の方が重大副作用も死亡率も低かったことが示されています。
7.3 補助療法
ステロイド投与に関しては、2011年European Respiratory Societyと2019年ATS、IDSAガイドラインではルーチンの使用は推奨されていません。ただし、敗血症性ショックで治療に反応しない場合、全患者にハイドロコルチゾンの短期使用(200mg/日)が推奨されています。
非侵襲的陽圧換気(NPPV)の使用については十分なエビデンスがありませんが、ヘルメットやhigh flow nasal canula(HFNC)は有用なツールとされています。
8. 予後と長期的影響
市中肺炎患者の再入院率は1か月以内で15-20%です。再入院の主な理由は肺炎関連(最大25%)だけでなく、心血管イベントの発生も含まれます。
長期死亡率は6か月で23.4%、12か月で30.6%に達します。
心血管合併症は入院患者の最大30%に発生し、心筋梗塞、心不全、不整脈、脳卒中などが含まれます。これらの合併症は急性期だけでなく、その後10年間にわたって発生リスクが高まります。
また、入院患者の約4人に1人で認知機能の低下が見られ、この影響は少なくとも1年間持続します。
9. 予防
インフルエンザワクチン接種は、インフルエンザ関連肺炎の予防に56.7-60.2%の効果があり、入院減少率は25-53%です。毎年の接種が推奨されます。
肺炎球菌ワクチンも推奨され、PPSV(ニューモバックス)の肺炎球菌性肺炎に対する効果は48-64%です。
10. 結論
市中肺炎は適切な診断と治療により重症化を防ぐことが重要です。抗菌薬の選択には耐性化の問題も考慮し、慎重に行う必要があります。また、予防接種や生活習慣の改善など、予防策も重要です。さらに、長期的な予後や合併症にも注意を払い、包括的な管理が求められます。