抄読会・症例検討会

脊髄損傷患者における陽圧換気と呼吸リハビリテーションの重要性

ガイドラインと上記を参考に以下の記事を作成しております

長いので、忙しい方は音声解説だけでもどうぞ!

 
 脊髄損傷(SCI)は、その重篤性から患者の生命予後と生活の質(QOL)に多大な影響を及ぼす疾患です。特に、受傷後早期から高頻度で発生する呼吸器合併症は、全身状態の安定、機能訓練の進捗、そして社会生活への復帰を阻害する主要な要因となります。これらの合併症は、受傷後5日以内に発生し、脊髄ショックが解決する約5週間後まで続く可能性があります。頚髄損傷の完全麻痺患者においては、86〜92%が挿管され、81〜93%が気管切開を受けているという報告があり、救急センター退院時においても51〜53%が人工呼吸器依存状態にあることは、その呼吸管理の重要性を浮き彫りにしています。

呼吸筋麻痺による換気能力・クリアランス能力低下のメカニズム

呼吸は、吸気筋と呼気筋という二つの主要な筋肉群によって制御されており、これらはそれぞれ異なる脊髄節に支配されています。脊髄損傷のレベルと程度に応じて、これらの呼吸筋に麻痺が生じ、換気能力と気道クリアランス能力が著しく低下します。

  • 吸気筋力低下: 横隔膜は安静時吸気の約65%を担い、第3〜5頚髄節に支配されています。また、外肋間筋は胸髄節に支配されます。頚髄損傷、特にC4レベル以上の損傷では、これらの吸気筋の麻痺により肺活量が著しく低下します。例えば、C4完全麻痺では肺活量が約40%にまで減少することが示されています。吸気筋力低下は、速く浅い呼吸パターン(rapid shallow breathing)を引き起こし、胸郭の弾性消失や微小無気肺を招きます。これにより、呼吸仕事量が増大し、低換気状態(低酸素血症や高炭酸ガス血症)につながる悪循環が生じます。さらに、微小無気肺は換気/血流不均衡を引き起こし、低酸素血症を悪化させる可能性があります。
  • 呼気筋力低下: 呼気筋である腹直筋、内外腹斜筋、腹横筋、内肋間筋は胸腰髄節に支配されています。これらの筋肉の麻痺は、強い咳嗽に必要な深吸気、声門の完全閉鎖による気道内圧上昇、そして強制呼出といった一連の動作を困難にします。結果として、上気道のクリアランス能力が著しく低下し、痰の貯留、無気肺、肺炎のリリスクが増大します。これは、低酸素血症や高炭酸ガス血症、さらには呼吸仕事量の増大を引き起こし、呼吸状態をさらに悪化させます。
  • 咽喉頭機能低下: 咽喉頭筋の機能低下もまた、呼吸障害の重要な側面です。この機能低下は、睡眠中の上気道抵抗の増加を招き、睡眠時呼吸障害を引き起こします。これにより、低換気、高炭酸ガス血症、低酸素血症が生じます。加えて、嚥下機能の低下は誤嚥性肺炎のリスクを高め、患者の呼吸状態をさらに危険なものにします。

脊髄損傷における呼吸障害は、単なる筋力低下に留まらず、特定の呼吸筋群の機能不全を通じて、連鎖的に呼吸効率の低下、気道クリアランスの障害、さらには睡眠時呼吸障害や誤嚥性肺炎といった合併症を引き起こします。損傷レベルが横隔膜の神経支配を直接的に障害し、肋間筋や腹筋群の機能にも影響を与えることで、深吸気が妨げられ、浅速呼吸や奇異性呼吸(横隔膜収縮時に胸郭が陥没する現象)が生じ、換気効率が低下します。この換気効率の低下は、肺の拡張不全、微小無気肺、最終的には肺コンプライアンスの低下を招きます。呼気筋麻痺は効果的な咳嗽を不可能にし、気道分泌物の貯留、無気肺、肺炎のリスクを増大させます。これらの要因が複合的に作用し、呼吸仕事量の増大、呼吸筋疲労、最終的な呼吸不全へと進行する悪循環を形成します。

奇異性呼吸と自律神経系への影響

脊髄損傷の急性期には、脊髄ショックにより損傷レベル以下の反射が消失し、弛緩性麻痺を呈します。この状態では、横隔膜の機能が残存していても、その収縮によって弛緩した上部胸郭が引き込まれる「奇異性呼吸」と呼ばれる換気効率の悪い呼吸パターンが発生します。これは呼吸筋疲労を加速させる一因となります。

さらに、自律神経系への影響も呼吸状態を複雑にします。脊髄損傷により交感神経が麻痺すると、副交感神経が優位となり、気道分泌物の増加や肺水腫をきたしやすくなります。この自律神経系の変化は、気道クリアランスの困難さをさらに悪化させ、呼吸器合併症のリスクを高めます。

脊髄損傷における呼吸障害は、呼吸筋麻痺だけでなく、自律神経系の影響や胸郭の力学的変化(奇異性呼吸、コンプライアンス低下)が複雑に絡み合う多因子性の病態です。受傷後早期からの呼吸状態悪化の可能性(脊髄浮腫による麻痺レベルの上昇など)は、予防的かつ積極的な呼吸管理の必要性を強く示唆します。この複雑な病態は、薬物療法、人工呼吸管理、物理療法、排痰補助、嚥下管理など、多岐にわたる介入を組み合わせた包括的なリハビリテーションアプローチが必須であることを示唆します。特に、肺のコンプライアンス維持は長期的な課題となります。

表1:脊髄損傷レベル別呼吸筋麻痺と呼吸障害の病理

脊髄損傷レベル影響を受ける呼吸筋(神経支配)機能不全の程度と主要な呼吸障害
C1-2横隔膜(C3-C5)、肋間筋、腹筋群、補助筋の全麻痺重度の呼吸不全、人工呼吸器依存の可能性が非常に高い。咳能力ゼロ。
C3-4横隔膜(C3-C5)の機能低下〜全麻痺、肋間筋、腹筋群の麻痺呼吸不全のリスクが高い。夜間換気補助が必要となることが多い。咳能力著しく低下。
C5横隔膜(C3-C5)の機能残存あり、肋間筋、腹筋群の麻痺自力呼吸可能だが、肋間筋・腹筋の疲労により呼吸補助が必要となる場合がある。咳能力低下。
C6-8横隔膜機能残存、一部肋間筋機能残存、腹筋群の麻痺自力呼吸可能だが、吸気補助筋の使用が増加。咳能力低下。
T12以上横隔膜機能残存、肋間筋機能残存、腹筋群の麻痺呼吸機能障害は軽度。腹筋麻痺による咳反射の低下が主な問題。

注:奇異性呼吸はC5以上の頚髄損傷急性期に発生し、換気効率を低下させる。自律神経系(交感神経麻痺による副交感神経優位)は、全ての頚髄損傷レベルで気道分泌物の増加や肺水腫を引き起こす可能性がある。

II. 脊髄損傷急性期の呼吸管理

脊髄損傷受傷後の急性期は、患者の呼吸状態が急速に悪化する可能性を秘めており、その管理は極めて重要です。この時期の呼吸状態の悪化は、単なる呼吸筋麻痺だけでなく、脊髄ショックによる自律神経機能不全と浮腫による麻痺レベルの上昇という複合的な要因によって引き起こされます。

急性期における呼吸状態の悪化メカニズム

受傷後早期には、脊髄ショックにより損傷レベル以下の反射が消失し、弛緩性麻痺を呈します。この状態では、横隔膜の収縮によって弛緩した上部胸郭が引き込まれる「奇異性呼吸」が発生し、換気効率が低下します。この非効率な呼吸パターンは、呼吸筋の疲労を加速させ、呼吸機能の低下を招きます。

自律神経系においては、交感神経の麻痺により副交感神経が優位となり、気道分泌物の増加や肺水腫をきたしやすくなります。これらの変化は、気道クリアランスの困難さを増し、呼吸器合併症のリスクを高めます。さらに、損傷脊髄の浮腫により、麻痺レベルが一時的に上行し、呼吸筋麻痺が悪化することもあります。これらの機序が複合的に作用することで、受傷直後は呼吸が保たれていても、数日のうちに呼吸状態が悪化し、重篤な呼吸不全へと進行する可能性があります。

急性期の主要な呼吸器合併症としては、無気肺(36.4%)、肺炎(31.4%)、換気障害(22.6%)が挙げられ、高位頚髄損傷ほどその罹患率が高いことが示されています。このような動的な病態変化を考慮すると、受傷直後からの継続的な呼吸状態評価と、必要に応じた早期の呼吸管理介入が、重篤な合併症予防に不可欠です。

初期の人工呼吸器管理からの移行戦略

脊髄損傷による呼吸障害は、肺実質に病変がない「健康な」肺が呼吸筋麻痺によって換気障害を呈する病態であるという認識が重要です。この特性は、急性肺障害や急性呼吸促拍症候群(ARDS)などの肺損傷、胸部外傷、頭部外傷を合併している一般的な急性呼吸不全とは根本的に異なります。

これらの急性期の肺損傷や合併症が解決した後は、速やかに頚髄損傷に適した呼吸管理方法へと移行していくことが重要です。これは、一般的なARDS管理で推奨される低容量換気(6〜8mL/kg理想体重)とは対照的に、高容量一回換気量での管理が推奨されます。高容量換気(15〜20mL/kg理想体重)を用いることで、肺の十分な拡張を促し、微小無気肺や分泌物貯留を効果的に予防・改善できます。この早期の管理戦略の転換が、呼吸苦の軽減、痰の排出促進、無気肺の改善、さらには早期の離床と在宅人工呼吸器への移行を可能にし、患者の予後とQOLに大きく寄与します。

表2:脊髄損傷患者における人工呼吸器管理の初期設定と目標

項目当初の人工呼吸器設定(例)目標とする人工呼吸器設定(肺損傷がない場合)
モードSIMV or CPAP or PSVA/C or CMV
一回換気量 (Vt)500 mL (10 mL/kg)20 mL/kg 理想体重(100mL/日ずつ増量)
呼吸回数 (RR)6回/分10-12回/分
FiO20.300.21(SpO2 > 92%を保つように徐々に減量)
PEEP5 cmH2O0(2 cmH2O/日ずつ減量)
最大吸気圧-40 cmH2Oを超えないように注意

注:肺損傷を起こしやすい病態(急性肺障害、ARDS、胸部外傷、頭部外傷など)がない場合に適用される。

III. 陽圧換気療法の生理学的根拠と管理

脊髄損傷患者の呼吸管理において、陽圧換気療法は中心的な役割を果たします。特に、その生理学的特性を理解し、適切な設定を行うことが、患者の換気効率の改善、合併症の予防、そしてQOLの向上に不可欠です。

高容量一回換気量での人工呼吸器管理の原則と設定

脊髄損傷による呼吸障害は、肺実質に病変がない「健康な」肺が呼吸筋麻痺によって換気障害を呈する病態であるという特性を持ちます。このため、一般的な急性肺障害やARDSの管理で推奨される低容量換気とは異なり、高容量一回換気量での人工呼吸管理が推奨されます。

  • 原則と設定: 従量式の換気様式(アシストコントロールまたはコントロールモード)が用いられます。
  • 一回換気量 (Vt): 1日あたり100mLずつ増やし、最大吸気圧が40 cmH2Oを超えないように注意しながら、理想体重あたり20mL/kgまで増やすことが目標とされます。この高容量換気は、肺を十分に拡張させ、微小無気肺を解消し、気道分泌物を中枢気道へ移動させる力を高めます。これにより、呼吸仕事量が軽減され、患者の呼吸苦が和らぎます。
  • PEEP (Positive End Expiratory Pressure): 1日あたり2cmH2Oずつ減らし、最終的に0とします。肺胞虚脱の予防が主な目的であるPEEPをゼロに設定できるのは、高容量換気によって肺が十分に拡張し、無気肺が予防されるためです。これにより、PEEPによる循環抑制や腹部膨満のリスクを回避できます。
  • FiO2 (Fraction of Inspired Oxygen): パルスオキシメータで測定した酸素飽和度(SpO2)が92%以下に下がらない範囲で徐々に下げていきます。
  • 健康な肺における高容量換気の安全性と意義: 脊髄損傷による呼吸障害は、肺そのものの病変ではなく、呼吸筋麻痺による換気不全が主因であるため、高容量換気を導入しても肺損傷を起こす懸念は低いとされています。このアプローチは、単に換気を維持するだけでなく、肺のコンプライアンスを能動的に維持・改善する目的を持ちます。
  • 肺損傷を起こしやすい病態との鑑別: 急性肺障害やARDS、胸部外傷、頭部外傷を合併している場合は、その病態に適した6〜8mL/kg理想体重の一回換気量と低いプラトー圧(30 cmH2O以下)での人工呼吸管理を行います。これらの合併症が解決すれば、15〜20mL/kg理想体重の高容量換気へ移行します。

VCV (従量式調節換気) と PCV (従圧式調節換気) の選択と特性

陽圧換気療法において、VCVとPCVの選択は患者の病態と快適性に大きく影響します。両者の利点と欠点を理解し、試行錯誤しながら最適なモードを選択することが推奨されます。

  • VCVの利点: VCVはエアスタック(肺に空気を溜め込む手技)を可能にし、深吸気を促すことができます。必要時に高い圧をかけられるため、神経筋疾患ではエアスタックが可能なVCVがよりメリットが大きいとされます。昼間の使用では、食事や会話時に開口してもエアの噴きつけが起こりにくいという利点もあり、患者のQOL向上に寄与します。VCVモードはエアスタックを可能にし、患者自身が肺を最大限に膨らませる訓練をすることで、肺・胸郭のコンプライアンス維持に寄与します。これは、単なる換気補助を超えたリハビリテーション効果を生みます。
  • PCVの利点: PCV(バイレベルプレッシャー含む)はリーク代償機能があり、導入が容易で快適に使用できます。メンテナンスが簡便で低コストです。エアスタックはできませんが、小児や咽喉頭機能低下がある患者、閉塞性睡眠呼吸障害が著明な患者ではPCVが選択されることが多いです。

表3:NPPVにおけるVCVとPCVの比較

特性VCV(従量式調節換気)PCV(従圧式調節換気)
エアスタック可能不可能
リーク代償できないできる
吸気圧制御一回換気量に応じて圧が変動する設定された圧で送気される
導入の容易さやや難しい場合がある容易
快適性患者によっては快適でない場合がある快適に使用できる
コストやや高価な場合がある低コスト
メンテナンスやや複雑な場合がある簡便
主な利点深吸気、高い圧をかけられる、エアスタック可能リーク代償、導入容易、快適、簡便なメンテナンス
主な欠点リーク代償ができないエアスタックができない
推奨される適用神経筋疾患(エアスタックのメリット大)、昼間使用(食事・会話時)小児(理解度が低い場合)、咽喉頭機能低下がある例の一部、閉塞性睡眠呼吸障害が著明な例

注:人工呼吸器の機種によっては、ボタン操作一つでVCVとPCVの切り替えが可能なものもあり、昼はVCV、夜はリーク代償のあるPCVを選択する運用も可能です。

気道内圧、呼吸回数、吸気時間の設定

神経筋疾患では、換気を維持するために十分な吸気が得られる気道内圧を設定することが重要です。

  • 気道内圧: PCVの場合、IPAP(吸気圧)またはPIP(最高気道内圧)は通常12〜25cmH2O程度に設定されます(多くの患者は15〜20cmH2Oで効果的に使用可能)。VCVの場合、エアリークやインターフェイスの死腔、上気道への空気拡散を考慮し、気管挿管や気管切開時よりも多い10〜25mL/kg程度の1回換気量(TV)に設定します。
  • 呼吸回数(バックアップ換気): 12〜24回/分程度に設定されます。
  • 吸気時間(I/E比): インターフェイスの死腔と上気道を通して吸気が送られるため、気管挿管や気管切開に比べて長めに設定され、I/E比は1/1〜1/2が汎用されます。
  • モニタリング: 胸郭の動き、患者の自覚、SpO2、TcCO2、脈拍数などをモニタリングしながら、これらの設定を調整します。

トリガー設定の課題とバックアップ換気の重要性

吸気の弱い神経筋疾患では、携帯型人工呼吸器の性能により、インターフェイスを介してトリガーがかかりにくかったり、トリガーをかけるための吸気努力が呼吸仕事量を増やし、疲労や低酸素血症を招く可能性があります。特に睡眠時はトリガーがかかりにくい傾向があります。

トリガーの感度を上げると、覚醒時に浅く速い呼吸になる可能性があり、気管挿管やクリティカルケア用人工呼吸器で得られるような、リークが全くなく、わずかな吸気努力で敏捷に作動するトリガー効果は期待できません。そこで、適切なトリガー設定が困難な場合は、十分なバックアップ換気回数を設定するか、コントロールモード(またはTモード)を使用することが推奨されます。これにより、呼吸仕事量の増大や疲労を避け、安定した換気を確保できます。

PEEP/EPAPの適切な設定と会話・食事への影響

機能的残気量の増加による酸素化能改善や、虚脱して含気を失った肺胞を再開通させる効果を要するような病態(重症肺炎や心原性肺水腫など)を除いて、呼気弁のある回路を使用する人工呼吸器では、通常PEEPは設定しません(ゼロ)。呼気弁のない回路を使用するバイレベルプレッシャー機器では、CO2の再呼吸を防止するために必要な最小値に設定します。

NPPV下での会話や食事には、PEEPはゼロが望ましいとされます。PEEPの最小値程度であれば問題ない場合もありますが、高いPEEPは会話や食事を困難にし、誤嚥のリスクを高める可能性があります。

酸素付加時の注意点

酸素付加は、換気補助を行った上で、さらに必要な場合のみに行います。酸素付加する場合は、CO2ナルコーシスにならないよう、意識状態やTcCO2モニタ、適宜血液ガスの評価を行う必要があります。SpO2が正常であっても、低換気や気道分泌物、肺炎、無気肺が進行している可能性があり、注意が必要です。

陽圧換気療法は、脊髄損傷患者のQOL向上に不可欠な要素であり、特に高容量換気と適切なモード選択は、発声や経口摂取といった日常生活動作の維持・改善に直接的に寄与します。これは、単なる生命維持を超えた全人的医療の実現を可能にします。高容量換気による十分な換気は、呼吸苦の軽減だけでなく、在宅人工呼吸器への移行を容易にし、車いすでの離床を促進します。これにより、患者の活動範囲が広がり、QOLが向上します。PEEPをゼロに設定できることや、VCVモードの特性は、患者が人工呼吸器を使用しながらも発声や経口摂取を継続しやすくし、コミュニケーションや栄養摂取の面で大きなメリットとなります。バッテリー内蔵型人工呼吸器への変更が可能となることで、在宅での人工呼吸管理が現実的となり、患者がより安定した社会生活を送る基盤となります。侵襲的な気管切開管理と比較して、非侵襲的な陽圧換気療法は、合併症のリスク低減や入院期間短縮を通じて、医療経済的な負担軽減にも寄与する可能性を秘めています。

IV. 呼吸リハビリテーションの重要性

脊髄損傷患者の呼吸管理において、陽圧換気療法と並び、呼吸リハビリテーションは極めて重要な柱となります。肺・胸郭コンプライアンスの維持と気道クリアランス能力の向上は、呼吸筋麻痺による二次的な拘縮や感染症の悪循環を断ち切り、長期的な呼吸機能の維持を目指す上で不可欠です。

肺・胸郭コンプライアンスの維持

呼吸筋麻痺により深吸気が行えない場合、肺は十分に拡張せず、胸郭は拘縮し、肺のコンプライアンスが低下します。これは呼吸仕事量の増大と換気効率のさらなる低下を招く悪循環を生み出します。この悪循環を断ち切るためには、肺・胸郭の柔軟性を維持し、深吸気能力を確保する介入が必要です。

  • MIC (最大強制吸気量) の概念と測定: MICは、気道内に送気後、声門を閉じて3〜5秒程度空気を溜め(エアスタック)、その後吐き出すことで測定されます。このエアスタックは、救急蘇生バッグ、従量式人工呼吸器(VCV)、機械による咳介助(MI-E)の吸気、または舌咽呼吸(GPB)によって肺に空気を送り込むことで行われます。MICは、VCが低下した患者の肺・胸郭の柔軟性を示すとともに、声門機能を客観的に評価する指標となります。%VCが50%以下(成人で約1,500mL以下)に低下したら、MICの測定が推奨されます。
  • エアスタックと舌咽呼吸 (GPB) の習得と利点:
  • エアスタック: 患者自身がGPBや非侵襲的陽圧換気療法(NPPV)の吸気を用いたエアスタックを1日10〜15回行うか、受動的にMICレベルまでの肺拡張を1日1〜3回(1回に3〜5呼吸)行うことが推奨されます。NPPVを従圧式ではなく従量式(VCV)で行うことで、エアスタックを自在にできるメリットがあります。
  • GPB (舌咽呼吸): 道具を使わないエアスタックの手段として、GPBの習得が推奨されます。GPBは、声門を使って空気の塊を肺にピストン運動(gulping)で送り込む方法で、1回のgulpで40〜200mLの空気を、1呼吸で6〜9回のgulpを取り込みます。VCが0mLの患者でも、人工呼吸器を外した際やトラブル時にGPBにより換気を維持できるため、安全性が高まります。ただし、気管切開チューブがあるとGPBはほぼ不可能です。
  • 胸郭の拘縮と拘束性換気障害の予防: 肺のコンプライアンスは、予測肺活量まで肺を広げなければ減少します。VCが低下すると、深呼吸をしても肺の一部しか膨らませられなくなります。四肢の関節と同様に、胸郭の拘縮や肺の拘束性換気障害を防ぐためには、定期的な他動運動(受動的な深吸気)が必要です。肺拡張療法は、咳のピークフロー(CPF)の増加、肺コンプライアンスの維持、無気肺の解除、NPPV習得につながります。MICの概念に基づいたエアスタックや舌咽呼吸(GPB)は、患者が自力または補助的に肺を予測肺活量以上に拡張させることを可能にします。これは、肺・胸郭の定期的な「他動運動」に相当し、拘縮や拘束性換気障害の予防に不可欠です。肺が十分に拡張されることで、気道分泌物が末梢から中枢へ移動しやすくなり、咳のピークフロー(CPF)が増加します。これは、気道クリアランス能力の向上に直接つながります。

気道クリアランス能力の向上

呼気筋麻痺による咳能力の低下は、分泌物貯留と感染症のリスクを高めます。効果的な気道クリアランスは、これらの合併症を予防し、呼吸状態を安定させる上で極めて重要です。

  • CPF (咳のピークフロー) の評価と目標値: CPFは患者の気道分泌物喀出能力の指標です。12歳以上の指標では、平常時160L/分、上気道炎や誤嚥時は270L/分以上あれば気道分泌物や異物を喀出できるとされます。CPFが270L/分を下回るか、VCが1,500mL以下になれば、咳介助によるCPF測定を併用することが推奨されます。
  • 徒手による咳介助の技術と効果: 患者の胸郭下部に介助者の両手を置き、咳に合わせて圧迫し、呼気流速を高めて排痰を促す手技です。吸気が十分できない患者では、救急蘇生バッグなどによる吸気補助を併用するとCPFの増強効果があります。徒手による咳介助は、神経筋疾患・脊髄損傷の排痰に有効であり、MICまで吸気量を増やすことでさらに排痰が強化されることが示されています。
  • 機械による咳介助 (MI-E) の作用機序と適用: MI-Eは、機械的咳補助装置(例:カフアシスト)を使用し、気道に陽圧(+40〜50hPa)を加えた後、急速に陰圧(-40〜50hPa)にシフトすることで高い呼気流量を生じさせ、咳嗽を補強または代用し、気道内分泌物の排出を助けます。マスク、気管切開チューブ、気管挿管チューブを介して使用できます。MI-Eは神経筋疾患・脊髄損傷の排痰に有効であり、他の手技と比較して最も大きなCPFの増加をもたらすと結論付けられています。
  • その他の排痰補助装置の概要と適用:
  • IPV (肺内パーカッションベンチレータ): 加湿された小換気噴流を高頻度(100〜600回/分)で気道に送り込み、排痰を促します。神経筋疾患・脊髄損傷の排痰に有効であると報告されています。
  • HFCWO (高頻度胸壁振動): ベスト型のガーメントを装着し、空気圧による高頻度振動(5〜20Hz)で胸壁を振動させ、分泌液を剥がし、中枢気道へ移動させて喀出を助けます。科学的根拠は十分ではありませんが、患者の自覚症状の改善に有効な可能性があります。
  • BCV (陽・陰圧体外式人工呼吸器): 胸腹部に装着する陰圧装具(キュイラス)内に陽陰圧をかけて吸気・呼気を補助し、"Secretion Clearance"モードで高頻度振動により喀痰排出を促進します。科学的根拠は十分ではありませんが、排痰に有効な可能性があります。

肺拡張と気道クリアランスの組み合わせは、無気肺→分泌物貯留→肺炎→呼吸不全という悪循環を断ち切り、呼吸器合併症の予防と改善に貢献します。NPPVの習得を容易にし、NPPV自体も肺拡張を助けます。NPPVとMI-Eの組み合わせは、DMD患者で気管切開人工呼吸よりも延命効果が高いと報告されており、SCI患者においても気管切開回避に寄与します。気管切開を回避できることは、気管切開に伴う合併症(感染、狭窄、発語不能など)を避け、患者のQOL(会話、外見、快適性)を維持する上で極めて重要です。GPBの習得は、NPPV使用中のトラブル時(回路外れ、バッテリー切れ)の安全性も高めます。人工呼吸器からの完全離脱が困難な場合でも、短時間でも人工呼吸器が不要になれば、外出、入浴、移乗などが可能となり、患者の自立と社会参加を大きく促進します。これは、リハビリテーションの最終目標である「自立」に直結します。これらの複雑なリハビリテーション技術の導入と継続には、医師、看護師、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士、臨床工学技士など、多職種からなるチームアプローチが不可欠です。

表4:主要な呼吸機能検査項目と評価時期

検査項目測定の意義測定方法の概要慢性期の評価時期・頻度急性期の評価時期・頻度
肺活量 (VC)換気能力の指標、肺・胸郭の柔軟性スパイロメータで座位と仰臥位で測定年に1回(歩行可能患者)、年に1〜2回(歩行不能患者)脊髄損傷受傷後1週間は8時間ごと、上気道炎入院時は入院時、その後適宜。全身麻酔・鎮静時は術前・術後。
咳のピークフロー (CPF)気道分泌物喀出能力の指標ピークフローメータで測定年に1〜2回(歩行不能患者、CPF < 270L/分の場合)脊髄損傷受傷後1週間は8時間ごと、上気道炎入院時は入院時、その後適宜。全身麻酔・鎮静時は術前・術後。
最大強制吸気量 (MIC)肺・胸郭の柔軟性、声門機能エアスタック後、呼出量を測定年に1〜2回(VC < 1,500mLまたは%VC < 50%の場合)脊髄損傷受傷後1週間は8時間ごと、上気道炎入院時は入院時、その後適宜。全身麻酔・鎮静時は術前・術後。
酸素飽和度 (SpO2)酸素化の指標パルスオキシメータで測定適宜測定脊髄損傷受傷後1週間以内、介助CPF < 270L/分かつ上気道炎罹患時または全身麻酔・鎮静時は常時モニタ。
経皮または呼気終末炭酸ガス分圧 (TcCO2/EtCO2)換気状態の指標、CO2貯留の有無モニタで測定(非侵襲的)低換気疑い時、NPPV使用時に年に1〜2回(VC < 50%の場合)オプションで測定。酸素付加NPPV使用時は頻回に測定。

注:血液ガス分析は、非侵襲的測定機器がない場合や急性期に実施される。

表5:主な気道クリアランス技術の概要と適用

技術名作用機序主な使用方法臨床的効果(エビデンスレベル)適用上の注意点
徒手による咳介助胸郭・腹部圧迫による呼気流速の増強患者の咳に合わせて胸郭・腹部を圧迫。吸気補助併用可。排痰に有効。MICレベルまで吸気増強でさらに効果増強。(A)介護者の習熟必要。不適切適用で内臓損傷リスク。胸郭変形例で効果限定的。
機械による咳介助 (MI-E)陽圧→陰圧の急速シフトで高い呼気流を生成マスク、気管切開チューブ、気管挿管チューブを介して使用。排痰に有効。他の手技よりCPF増加効果大。(A)嚢胞性肺気腫、気胸、気縦隔症既往例は慎重。ALS球麻痺重度例で効果限定的。
肺内パーカッションベンチレータ (IPV)高頻度(100-600回/分)の小換気噴流で分泌物流動化加湿された空気を気道へ噴入。パーカッションつまみで調節。排痰に有効。ガス交換、呼気筋力改善、肺炎発生率低下。(B)機器操作の習熟必要。排痰筋力弱い患者で排出困難リスク。
高頻度胸壁振動 (HFCWO)ベスト型ガーメントで胸壁を高頻度振動(5-20Hz)ベスト装着し、ジェネレータで振動頻度・時間調節。自覚症状改善に有効な可能性。呼吸機能改善は乏しい。(C1)科学的根拠は不十分。
陽・陰圧体外式人工呼吸器 (BCV)胸腹部キュイラス内の陽陰圧で吸気・呼気補助、高頻度振動で喀痰排出キュイラス装着し、"Secretion Clearance"モード使用。排痰に有効な可能性。肺機能改善、無気肺改善の期待。(C1)科学的根拠は不十分。体型に合わせたキュイラス選択が重要。

注:上記は、脊髄損傷患者の気道クリアランス能力低下を補い、肺拡張と排痰を促進するために用いられる。

V. 人工呼吸器からの離脱戦略

脊髄損傷患者における人工呼吸器からの離脱は、単なる呼吸機能の回復だけでなく、患者のQOL向上と安全性の確保を両立させるための戦略的プロセスです。特に、Progressive Ventilator-Free Breathing(PVFB)は、その多面的な効果から推奨される主要な離脱戦略です。

離脱訓練の開始基準とモニタリング

人工呼吸器離脱訓練は、患者の全身状態が安定していることを確認した上で開始されます 1。具体的には、胸部レントゲン所見、血液ガスや経皮酸素飽和度(SpO2)に異常がないか改善傾向であり、気道分泌物が良好にコントロールされていて、患者のやる気がある場合に開始します。

訓練中は、SpO2、TcCO2、脈拍数、胸郭の動き、患者の自覚症状などを継続的にモニタリングし、安全性を確保しながら進めます。酸素付加したNPPVを実施している際には、CO2ナルコーシスのリスクを考慮し、意識障害の出現に注意し、必要に応じてTcCO2モニタを行うことが推奨されます。

Progressive Ventilator-Free Breathing (PVFB) の利点と実践

PVFBは、人工呼吸器の自発呼吸補助の程度を漸減していく方法(Intermittent Mandatory Ventilation: IMV)と比較して、離脱の成功率が高く、無気肺などの合併症の罹患率が低いと報告されています。

利点

  • 離脱成功率の向上: IMVと比較して、PVFBは離脱の成功率が高いと報告されています。これは、間欠的に自発呼吸の時間を設けることで、呼吸筋(特に横隔膜)を訓練し、筋力と持久力の回復を促すためと考えられます。
  • 合併症の罹患率の低下: PVFBは、無気肺などの合併症の罹患率が低いと報告されています。間欠的な自発呼吸と適切な休息のバランスが、肺の過伸展や疲労を軽減するためと考えられます。
  • 発声の可能性: 離脱訓練中にスピーチバルブを使用することで、発声が可能になります。これは、患者のコミュニケーションと心理的安定に大きく寄与します。
  • 生活の質の向上: 人工呼吸器からの完全な離脱が困難な症例であっても、短時間でも人工呼吸器が不要になれば、人工呼吸器を外して外出、入浴、移乗などが可能になり、生活の質が飛躍的に向上します。
  • 安全性の向上: 回路外れやバッテリー切れなど、人工呼吸器のトラブル時にも自力呼吸で対応できるため、安全性が高まります。人工呼吸器からの離脱時間が確保できることは、緊急事態発生時に患者が自力呼吸で対応できる能力を養うことにつながり、在宅での安全性を高めます。
  • 実践: 患者から人工呼吸器を外し、自発呼吸をさせる時間を徐々に増やしていきます。気管切開チューブのカフは脱気し、スピーチバルブや閉鎖キャップを装着します。自発呼吸の時間以外は、高容量一回換気量でのAssist/ControlやCMVモードの人工呼吸管理とし、横隔膜を十分に休ませます。

表6:人工呼吸器離脱訓練(PVFB)の利点

利点説明
離脱成功率の向上IMVと比較して離脱成功率が高い。呼吸筋の効率的な再訓練を可能にする。
合併症の罹患率低下無気肺などの合併症の発生が少ない。肺の過伸展や呼吸筋の疲労を軽減する。
発声の可能性訓練中にスピーチバルブを使用することで発声が可能となり、コミュニケーションを維持できる。
生活の質の向上短時間でも人工呼吸器が不要になることで、外出、入浴、移乗などが可能となり、患者の活動範囲とQOLが向上する。
安全性の向上回路外れやバッテリー切れなどの人工呼吸器トラブル時に自力呼吸で対応できる能力が養われるため、在宅での安全性が高まる。

注:PVFBは、呼吸筋の再訓練と同時に、患者の心理的適応と生活の自立を促す多面的な効果を持つ。

離脱困難例への対応と長期管理の課題

人工呼吸器からの離脱の可否は、脊髄損傷のレベルと程度に最も依存します。C3より上の完全損傷では離脱が困難なことが多く、損傷レベルが高位となるほど常時人工呼吸器を必要とする可能性が高くなります。C3〜C4レベルでは数カ月から数年かかることもあります。

離脱困難な場合は、1日あたり必要な時間だけNPPV装着を継続します。低い圧のPSVやCPAPにしないことが重要です。これは、単一の臨床指標のみで判断されるべきではなく、患者の全身状態、心理的側面、生活の質、介護環境、そして緊急時対応能力を総合的に評価する多職種チームによる個別化されたアプローチが不可欠です。脊髄損傷のレベルによっては、完全な離脱が困難な場合も多いため、離脱困難例への対応として、NPPVによる長期管理が重要な選択肢となります。これは、患者が人工呼吸器に依存しながらも、可能な限り質の高い生活を送るための基盤を提供します。

気管切開からのNPPVへの移行戦略

気管切開患者がNPPVの適応を満たしていると推定される場合、NPPVへ移行できる可能性があります。この移行は、患者の生活の質を向上させるための重要なステップです。

移行は段階的な手順で行われます。まず、酸素中止、高容量換気による人工呼吸器設定変更、MICにあたる強制吸気と排痰手技の導入を行います。MI-Eを使用するときは一時的にカフを膨らませます。次に、開窓カニューレやカフなしチューブへの置き換え、経鼻胃管の除去を行います。その後、気管切開チューブ閉鎖下でのNPPVを開始し、介助によるCPFが160L/分以上であることを成功の条件とします。最終的に、十分な換気、良好な咽喉頭機能、十分な排痰手技が確立したと判断されれば、気管切開チューブを抜去し、気管切開孔を閉鎖します。

VI. 長期的な胸郭コンプライアンス維持の課題と対策

脊髄損傷患者の長期的な呼吸管理は、単に人工呼吸器を装着するだけでなく、加齢や疾患の進行に伴う呼吸生理の変化、胸郭の構造的変化、そして患者の生活様式や心理的側面を考慮した継続的な個別最適化が求められます。

呼吸機能評価の継続的な実施(VC, CPF, MIC, SpO2, TcCO2/EtCO2)

脊髄損傷患者の呼吸機能は、原疾患の進行や加齢(例:胸郭の関節、靭帯、腱の硬化による胸壁コンプライアンスの低下)によって変化するため、NPPVの装着時間や設定を継続的に調整する必要があります。これは、一度設定すれば終わりではないという長期管理の難しさを示します。

年に1回以上、または新たな症状出現時に、昼間の呼吸モニタリング(SpO2、TcCO2)や睡眠時の呼吸モニタリングを行い、NPPV条件を確認・調整することが推奨されます。VC、CPF、MIC、SpO2、TcCO2/EtCO2などの測定は、病態の把握と適切な介入のために不可欠です。特に、座位に比べて仰臥位のVCが7%以上低い場合は、横隔膜の筋力低下を示唆し、夜間低換気を予測できます。

NPPVの長期管理における条件調整とインターフェイス選択

原疾患の進行や加齢に伴い、1日あたりのNPPV装着時間を増加する必要が生じることがあります。コンプライアンス低下に対しては、NPPV条件調整が必要です。胸郭の硬化(stiff chest wall)は、肺のコンプライアンス低下を招き、換気効率をさらに悪化させます。これは、呼吸仕事量を増大させ、呼吸筋疲労を加速させる悪循環を生みます。

NPPVを成功させる上で最も重要な要素の一つが、適切なインターフェイスの選択です。鼻マスク、鼻プラグ、口鼻マスク(フェイスマスク)、顔マスク、マウスピース、リップシールなどがあり、睡眠時と覚醒時の用途に合わせて選択します。特に、終日NPPV使用者では褥瘡対策のため2種類以上のインターフェイスを用いることが望ましいです。覚醒時には視野が広く、開口しやすい鼻プラグやマウスピースが使いやすいとされます。フェイスマスクは急性期以外では慎重な使用が求められます。長期使用におけるインターフェイスの選択は、単なる換気効率だけでなく、褥瘡予防、会話、食事、電動車いす使用といったQOLに直結する要素であり、患者の生活に合わせた柔軟な選択と調整が不可欠です。

合併症(褥瘡、腹部膨満、エアリークなど)の予防と対処

NPPV施行中には、顔色、気道確保、腹部膨満、誤嚥、褥瘡、睡眠の確保、栄養、不快感や訴えなどを継続的に観察・モニタリングします。腹部膨満(呑気)、エアリーク、皮膚トラブル(褥瘡)といったNPPV特有の合併症は、患者の不快感や治療継続へのコンプライアンス低下を招くため、継続的なモニタリングと早期対処が重要です。

  • 褥瘡予防: 複数インターフェイスの使用、医療用テープ貼付、顔の清拭、頻回な除圧、ベルトの締め方調整が重要です。
  • 腹部膨満予防: 腹部の視診・触診、圧や量の調整、EPAPの最小化、吸気時間の短縮、排便コントロール、食事量・時間の調整を行います。
  • エアリークの不快予防: フィッティングの良いインターフェイス選択、交換、回路の向き調整、顎バンドなどを用います。
  • その他の副作用: 口渇、鼻閉、耳痛、慢性中耳炎・副鼻腔炎、結膜炎、喉頭浮腫などに対する予防と対処も行います。

自律神経機能低下の長期影響として、交感神経機能の低下は、換気ドライブの異常(CO2レベル上昇時の換気応答低下)や気道分泌物の過剰産生に長期的に影響を及ぼし、これが呼吸管理の複雑性を増します。

緊急時対応とトラブルシューティング

人工呼吸器のアラーム発生時には、まず患者の顔色や意識、全身状態を確認することが最優先です。SpO2低下や胸郭の動きの異常があれば、機械の確認、回路の修復、マスク調整、気道確保、排痰などを行い、必要に応じて救急蘇生バッグでの用手換気補助を行います。

アラームの原因としては、患者の換気異常(リーク、回路のねじれ)、機器自体の異常、電源や供給ガスの異常が挙げられます。頻回なアラームは患者の不眠につながるため、厳密なアラーム設定には注意が必要です。

表7:NPPV導入のための環境要件

カテゴリ要件
人的環境・人工呼吸療法を理解・経験している医師(他科協力、夜間連絡体制含む)・呼吸ケアを研鑽している看護師(夜間ケア引継ぎ可能体制)・呼吸理学療法の研鑽をしている理学療法士(推奨)・人工呼吸器の知識がある臨床工学技士(推奨)
モニタリング・SpO2、心拍数、可能であればTcCO2(急性期や非侵襲的機器がない場合は血液ガス分析)・患者の訴え、胸郭の同調性運動、顔色、呼吸音、インターフェイスのずれ・エアリーク、褥瘡、呑気による腹部膨満の観察

注:NPPV導入時は、患者と家族の教育を行い、鎮静をできるだけ行わずに効果的な換気を目指す。

脊髄損傷患者の長期呼吸管理は、医療技術だけでなく、患者・家族の教育、多職種連携、そして社会資源の活用を統合した「包括的ケアシステム」の構築によって初めて持続可能となります。NPPVの効果、副作用、トラブルシューティング、日常のケア(マスク洗浄、フィルター交換など)について患者と家族が深く理解し、自律的に管理できる能力を養うことが、在宅医療の成功に不可欠です。医師、看護師、理学療法士、臨床工学技士、栄養士、医療ソーシャルワーカーなど、多様な専門職が連携し、患者の呼吸状態、栄養、心理、社会的なニーズに継続的に対応するチームアプローチが、長期的なQOL維持と合併症予防の鍵となります。停電や機器の故障といった緊急事態に備え、患者・家族が適切な対応(救急蘇生バッグ使用、連絡先把握など)を取れるよう、事前の教育と計画が必須です 1。身体障害者手帳、介護保険、特定疾患医療費助成など、利用可能な公的援助を適切に活用することで、患者・家族の経済的・精神的負担を軽減し、長期的な療養生活を支えます。

VII. 結論と今後の展望

結論

脊髄損傷患者における呼吸障害は、呼吸筋麻痺に起因する複雑な病態であり、受傷後早期からの積極的な呼吸管理と包括的な呼吸リハビリテーションが、患者の生命予後と生活の質(QOL)の改善に不可欠です。

陽圧換気療法、特に肺実質に病変がない「健康な肺」の特性を活かした高容量一回換気量での管理は、換気効率の改善、無気肺・肺炎の予防に極めて有効です。従量式調節換気(VCV)と従圧式調節換気(PCV)の適切な選択、細やかな設定調整、そして合併症予防策が、この治療の成功の鍵となります。VCVはエアスタックを可能にし、肺・胸郭コンプライアンスの維持に貢献します。

肺・胸郭コンプライアンスの維持には、最大強制吸気量(MIC)の概念に基づいたエアスタックや舌咽呼吸(GPB)による肺拡張訓練が重要です。これにより、胸郭の拘縮や拘束性換気障害を予防し、呼吸仕事量を軽減します。気道クリアランス能力の向上には、咳のピークフロー(CPF)を指標とした徒手および機械による咳介助(MI-E)が中心的な役割を果たし、気道分泌物の効果的な排出を促します。

人工呼吸器からの離脱戦略としては、Progressive Ventilator-Free Breathing(PVFB)が、その高い離脱成功率とQOL向上効果から推奨されます。PVFBは呼吸筋の再訓練を促し、発声や日常生活動作の維持を可能にします。また、気管切開からの非侵襲的陽圧換気療法(NPPV)への移行も、気管切開に伴う合併症を回避し、患者の生活の質を向上させる重要な選択肢です。

長期的な呼吸管理においては、原疾患の進行や加齢に伴う呼吸生理の変化を考慮し、呼吸機能の継続的な評価、NPPV条件とインターフェイスの個別最適化、そして褥瘡や腹部膨満といった合併症への細やかな対応が求められます。これら全てを支えるのは、患者・家族の教育と、医師、看護師、リハビリテーション専門職、臨床工学技士からなる多職種チームによる包括的かつ継続的なケアシステムです。

今後の展望

脊髄損傷患者の呼吸管理は、非侵襲的陽圧換気療法と包括的リハビリテーションの進歩により、気管切開を回避し、より質の高い生活を送る新たなパラダイムへと移行しています。この進歩は、患者の生命予後を改善し、活動範囲を拡大する大きな可能性を秘めています。

しかし、長期生存例の増加に伴い、加齢による胸郭コンプライアンスのさらなる低下、介護者の高齢化、社会参加の障壁といった新たな課題も浮上しています。これらの課題に対応するためには、医療技術のさらなる革新と、より広範な社会システムの構築が不可欠です。

今後は、遠隔モニタリングシステムのさらなる活用による在宅管理の質の向上、人工知能(AI)を活用した個別化された換気設定の最適化、再生医療による呼吸筋機能回復の可能性など、技術革新が呼吸管理の未来を拓くでしょう。また、患者中心の意思決定支援の強化、地域医療連携の深化、そして患者・家族への継続的な心理社会的サポートの充実は、医療技術の進歩と並行して、脊髄損傷患者が尊厳を持って活動的な生活を送るために不可欠な要素です。これらの多角的なアプローチが統合されることで、脊髄損傷患者の呼吸管理は、より安全で効果的、かつ人間中心の医療へと進化していくことが期待されます。

-抄読会・症例検討会