日本集中治療医学会が作成した「神経集中治療診療ガイドライン2024(J-NCCG 2024)」が、2026年9月11日に『日本集中治療医学会雑誌』のJ-STAGEで公開されました
本ガイドラインは、くも膜下出血、てんかん重積状態、体外循環式心肺蘇生法(ECPR)、敗血症関連脳障害という、救急外来やICUで重要となる4つの領域を対象としています。診断・治療・管理における意思決定を支援し、患者さんの機能予後・生命予後の改善と診療の標準化を目指して作成されました。
神経集中治療とは何か
神経集中治療は、重篤な脳・神経疾患を対象として、神経学的な評価と全身管理を同時に行う診療分野です。重症の神経疾患では、適切なタイミングでの介入と、その後の確実で継続的な管理が患者さんの転帰を左右します。そのため、意識レベル、瞳孔所見、運動反応、脳画像、脳波などを評価するだけでなく、呼吸、循環、体液、代謝、感染など、全身の状態を総合的に把握しなければなりません。
例えば、見た目には「意識が悪い」という同じ所見であっても、その背景には、脳血管障害、てんかん発作、心停止後の低酸素性脳障害、敗血症、代謝異常、薬剤の影響など、さまざまな病態が考えられます。限られた時間のなかで原因を考え、必要な検査と治療の優先順位を決めることが、神経集中治療の重要な役割です。
本ガイドラインは、救急外来、一般病棟、ICUで診療を受ける成人患者を対象とし、特に高度なモニタリングと全身管理を必要とする場面での活用を想定しています。また、救急科や集中治療科だけでなく、脳神経内科、脳神経外科、麻酔科、循環器科、看護、薬剤、臨床工学、臨床検査、リハビリテーション、栄養など、神経集中治療に関わる幅広い医療従事者を対象としています。
まず知っておきたい4つの重症病態
J-NCCG 2024では、神経集中治療のなかでも特に重要な4つの領域が取り上げられています。いずれも、救急外来やICUで迅速かつ適切な判断が求められる病態です。
1.くも膜下出血
くも膜下出血は、突然発症する重篤な脳血管障害です。破裂した脳動脈瘤に対する治療だけでなく、再出血、遅発性脳虚血、脳血管攣縮、水頭症、全身合併症などを見据えた継続的な管理が必要となります。
本ガイドラインでは、動脈瘤治療前のトラネキサム酸投与、経頭蓋超音波ドプラ法による遅発性脳虚血や脳血管攣縮の検出、急性期破裂脳動脈瘤治療後の腰椎ドレナージ、水分管理が検討されています。なかでも水分管理については、予防的に循環血液量を増加させるのではなく、循環血液量を正常に保つことを基本とし、患者さんごとの病態に応じた管理が必要とされています。導入可能な施設では、複数の循環動態指標を組み合わせた目標指向型治療も考慮されます。
2.てんかん重積状態
てんかん重積状態は、発作が持続する、または繰り返すことにより、脳や全身に重大な影響を及ぼし得る神経救急疾患です。明らかな痙攣が止まった後も、脳波上で発作が継続している場合があり、外見だけでは病態を判断できないことがあります。
本ガイドラインでは、ベンゾジアゼピン系薬剤に反応しないてんかん重積状態に対する抗発作薬の選択、難治てんかん重積状態に使用する麻酔薬、ICUにおける脳波モニタリングの適応、簡易脳波の位置づけが整理されています。特定の抗発作薬や麻酔薬について、すべての患者さんに一律に優先できるだけの十分なエビデンスは示されていません。そのため、薬剤の作用機序、副作用、患者さんの循環・呼吸状態、原疾患、治療目標などを考慮して選択することが重要です。
また、痙攣性てんかん重積状態の治療後も意識が改善しない場合、急性脳障害がある場合、原因不明の昏睡が続く場合には、可能な限り早く脳波モニタリングを検討することが示されています。
3.体外循環式心肺蘇生法(ECPR)
ECPRは、通常の心肺蘇生法では自己心拍が再開しない難治性心停止に対して、体外式膜型人工肺(ECMO)を用いて循環と酸素化を維持する治療です。
本ガイドラインでは、成人の院外および院内で発生した難治性心停止に対し、実施に習熟した施設が患者さんを選択したうえでECPRを行うことが弱く推奨されています。一方、ECPRは高度な設備と多くの人的資源を必要とし、出血や血腫、下肢虚血などの合併症にも注意が必要です。
ECPRを検討する際には、心停止の原因が可逆的であるか、初期波形がどのような波形であったか、心停止が目撃されていたか、バイスタンダーCPRが行われたか、心停止からECMO開始までの時間がどの程度か、といった複数の要素を総合的に評価します。 ECPRは、単にECMOを導入する手技ではありません。適応判断、迅速なチーム招集、カニュレーション、原因検索、循環管理、合併症対策、神経学的評価までを含む集学的な診療です。
4.敗血症関連脳障害
敗血症関連脳障害は、本ガイドラインにおいて、「敗血症によって引き起こされる急性のびまん性脳機能障害」と定義されています。敗血症の患者さんに意識障害やせん妄がみられた場合、すぐに敗血症関連脳障害と判断できるわけではありません。脳出血、脳梗塞、髄膜炎、脳膿瘍、非痙攣性てんかん重積状態、低血糖、電解質異常、低酸素、低血圧、薬剤の影響など、他の原因を系統的に検討する必要があります。
本ガイドラインでは、敗血症の診断と並行して、Glasgow Coma Scale(GCS)による意識レベルの評価と、CAM-ICUやICDSCを用いたせん妄の評価を行うことが示されています。また、必要に応じて頭部CT、頭部MRI、髄液検査などを行い、他の脳神経疾患や中枢神経感染症を除外します。
敗血症関連脳障害は、死亡率の上昇だけでなく、長期的な認知機能障害との関連も報告されています。集中治療の場では、生命を救うことに加え、その後の神経機能や生活を見据えた診療が重要です。
CQとBQから臨床上の疑問を整理する
J-NCCG 2024では、4領域について合計15の重要臨床課題が設定されています。その内訳は、6つのクリニカルクエスチョン(CQ)と、9つの背景疑問(BQ)です。
CQは、治療や検査などの介入を行うべきかという、臨床上の具体的な意思決定に関わる疑問です。例えば、「くも膜下出血に対して腰椎ドレナージを追加するか」「院外心停止に対してECPRを行うか」といった問いが含まれます。
一方、BQは、推奨を提示するというよりも、疾患の定義、疫学、診断概念、モニタリング、患者選択、実際の運用上の注意点など、臨床判断の前提となる知識を整理するための疑問です。例えば、「敗血症関連脳障害とは何か」「ICUで脳波モニタリングをいつ行うか」「ECPRをどのような患者さんに選択するか」といった問いが該当します。
医学生・研修医の皆さんにとって、CQとBQを区別して読むことは、医学知識を整理するうえで有用です。まずBQを通じて、病態、定義、診断、鑑別、適応などの基礎を理解します。そのうえでCQを読み、具体的な治療や検査について、どのようなエビデンスがあり、どのような条件で選択すべきかを考えることができます。
GRADEを通してEBMの考え方を学ぶ
本ガイドラインでは、推奨を作成するためにGRADEシステムが採用されています。GRADEでは、単に研究結果に統計学的な有意差があるかを見るだけではありません。エビデンスの確実性、期待される利益、予想される害、患者さんや家族の価値観、医療資源、コスト、実施可能性などを総合的に評価して、推奨の方向と強さを決定します。エビデンスの確実性は、Aの「高」からDの「非常に低」までの4段階で示されます。推奨の強さには「強い推奨」と「弱い推奨」があり、それぞれに介入を支持する推奨と、介入を行わないことを支持する推奨があります。
ここで重要なのは、「弱い推奨」は、効果がないという意味ではないという点です。
患者さんによって利益と害のバランスが異なる場合、エビデンスの確実性が十分に高くない場合、医療資源や施設の診療体制が選択に影響する場合などには、推奨は弱くなります。そのような場面では、患者さんの病態や価値観、家族の意向、施設の状況を踏まえた共同意思決定が、より重要になります。
医学生・研修医の皆さんには、推奨文だけを読んで終わるのではなく、各CQの「背景」「利益と害のバランス」「容認性」「他のガイドラインとの関係」「推奨に関わる検討事項」まで読んでみることをお勧めします。研究によって得られたエビデンスが、どのような過程を経て臨床上の推奨になるのかを学ぶことは、EBMを理解するための実践的なトレーニングになります。
患者ごとに最適な治療を考える
診療ガイドラインは、すべての患者さんに同じ治療を適用するための規則ではありません。J-NCCG 2024でも、診療ガイドラインはより良い医療を実践するための指針であり、法律や規則ではないことが明記されています。また、推奨は集団の平均的な結果に基づく道標であり、個々の患者さんにとっての最適な治療が常に同じとは限りません。
実際の診療では、次のような要素を総合的に検討します。
- 患者さんの病態と重症度
- 発症から治療開始までの経過
- 年齢や既往歴
- 治療によって期待される利益
- 治療に伴う有害事象や負担
- 患者さん本人の価値観
- 家族の意向
- 医療従事者の配置
- 利用可能な検査・治療機器
- 施設間および地域の連携体制
例えば、ガイドライン上は弱く推奨される治療であっても、患者さんの病態や施設の体制によっては有力な選択肢となります。反対に、一般的に推奨される治療でも、合併症の危険性や患者さんの意向を踏まえて実施しない判断が必要になる場合があります。ガイドラインを活用するうえで大切なのは、「書いてある通りに行うこと」ではなく、推奨が成立する条件と限界を理解したうえで、目の前の患者さんに適用できるかを考えることです。
原文を読んで、さらに理解を深めよう
J-NCCG 2024は、初学者からエキスパートまで、多職種が活用できるガイドラインとして作成されています。
医学生の皆さんにとっては、救急・集中治療で遭遇する重症神経疾患の全体像を知る教材になります。初期研修医の皆さんにとっては、意識障害、痙攣、心停止、敗血症など、日常診療で遭遇する症候や病態を整理するための実践的な資料となります。最初から全文を通読する必要はありません。救急外来や病棟、ICUで経験した症例に関連するCQやBQから読み始めてみてください。
例えば、次のような疑問を持ったときが、ガイドラインを読むよい機会です。
- 痙攣が止まったのに意識が戻らないのはなぜか
- ICUで脳波モニタリングを考えるのはどのような患者か
- くも膜下出血ではどのように水分管理を行うのか
- ECPRはどのような患者に検討されるのか
- 敗血症患者の意識障害をどのように鑑別するのか
- 「弱い推奨」を実際の診療でどう解釈するのか
症例と結びつけて読むことで、ガイドラインに記載された知識を、臨床で使える知識へと変えることができます。神経集中治療は、脳だけを診る医療ではありません。神経学的な評価と全身管理を統合し、多職種で協力しながら、患者さんの生命と機能の双方を支える診療です。救急医療、集中治療、脳神経救急に関心のある医学生・研修医の皆さんは、ぜひ本ガイドラインに触れてみてください。
ガイドライン情報
日本集中治療医学会「神経集中治療診療ガイドライン2024」作成委員会.神経集中治療診療ガイドライン2024.日本集中治療医学会雑誌.2026;33:R31.「神経集中治療診療ガイドライン2024」をJ-STAGEで読む [jstage.jst.go.jp]
診療上の注意
本記事はガイドラインの概要と学習上のポイントを紹介するものです。実際の診療に際しては、ガイドライン原文、関連する診療ガイドライン、最新の文献、各医薬品・医療機器の添付文書などを確認し、患者さんの病態と施設の診療体制に応じて判断してください。