広報・インタビュー

能登地震・被災地で活動【陸奥新報】

【メディア情報】陸奥新報(1月24日)に能登地震における活動、伊藤教授(災害・被ばく医療教育支援センター)のインタビュー記事が掲載されました。

❝能登半島地震の被災地、石川県珠洲市に派遣された弘前大学医学部附属病院DMAT(災害派遣医療チーム)。隊員で弘前大災害・被ばく医療教育センター長の伊藤勝博教授(54)は今月上旬と中旬の2回、現地へ赴き、病院での医療支援と老人保健施設で入所者の避難支援を行った。23日に取材に応じた伊藤教授は道路状況の悪さや避難所の感染対策、支援者の宿泊場所がないなど、現地で直面した課題を挙げ、下北半島も災害時に同様の状況に陥りかねない-と、備えの重要性を指摘。東北地方から派遣された支援者の「“熱さ”を感じた」とも語った。
 能登半島の最北に位置し、震度6強を観測した珠洲市は、輪島市とともに甚大な被害を受けた。弘前大病院DMATは7~9日に2チーム8人を派遣、17~27日ごろまでは4チーム12人がリレー方式で現地支援に入っている。
 伊藤教授は初回、珠洲市総合病院で診療支援と入院患者の避難支援に従事した。病院は二つある貯水タンクの一つが破損して患者の入院体制を維持できない状態で、患者をヘリや救急車で被害が少ない地域へ避難搬送する必要があった。疲弊した病院スタッフの代わりに夜間の当直体制も担った。市内各地の避難所では感染症がまん延しており、救急外来は、ほぼインフルエンザか新型コロナウイルスによる発熱患者だった。
 2回目は16~20日に老人保健施設で入所者の避難を支援。断水が長引いているため、入所者全員が避難することになっていた。寝たきり、車椅子、介助歩行といった状態を踏まえ、ヘリやバスなどの避難方法を割り当てるなどして24人を金沢市に避難させた。伊藤教授と共に支援に当たった同センターの辻口貴清助教(34)は「入所者の中には『また帰って来られるの?』と不安げに尋ねる人もいたのが印象に残っている」と振り返った。
 活動する上で困ったのが道路状況の悪さによる移動時間だ。弘前市から石川県七尾市まで救急車を走らせ片道13時間。同市から珠洲市まで通常2時間ほどの道のりは、道路の損壊や段差などでスピードを出せない上、渋滞と積雪で6時間40分ほどかかったという。
 伊藤教授によると病院や福祉施設における避難方針の最近の流れは「患者や入所者をとどまらせて、いかに機能を維持させるかが基本。だが今回は可能であれば避難させるしかない状況」と指摘した。
 断水も高齢者ら災害弱者の避難生活を困難にしていた。トイレの確保も課題で、トラックそのものが水洗トイレになったトイレカーなどの必要性を感じたという。また支援者の宿泊場所がなく、ほとんどの人が車中泊しており、中には一酸化炭素中毒を起こした団体もあったという。
 1月中旬ごろには雪道での運転に慣れた東北ブロックのDMAT10チームが招集された。伊藤教授は「東日本大震災を経験しているから災害支援に対する意識が他の地域とは違うのかもしれない。東北人は熱い」と印象を口にした。❞

石田紅子 記者(陸奥新報)

(陸奥新報社提供)
※これらの記事に関しましては、陸奥新報社より掲載許可を得ています。
※この画像は、当該ページに限って陸奥新報社の記事利用を許諾したものです。
 転載ならびにこのページへのリンクは固くお断りします。

-広報・インタビュー
-