医療現場で問題となる血液伝搬ウイルスには、B型肝炎ウイルス(HBV)、C型肝炎ウイルス(HCV)、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)などがあります。これらは針刺し事故などを介して感染するリスクがあり、ウイルスの種類によって治療法や予後は異なりますが、感染予防策は共通です。
すべての血液・体液を感染源とみなし、標準予防策(スタンダードプリコーション)を徹底することが最も重要です
AIDS(後天性免疫不全症候群)とは
HIVがCD4陽性リンパ球に感染・増殖し、免疫機能が低下することで発症します。治療しない場合、日和見感染症や悪性腫瘍を引き起こします。
主な感染経路
- 性的接触
- 母子感染(経胎盤、産道、母乳)
- 血液(輸血、医療事故、静脈注射など)
日常生活での感染リスクは極めて低く、血液を介した感染が主です
臨床経過
- 急性期:感染後2~6週で発熱、咽頭痛、筋肉痛など
- 無症候期:自覚症状はほぼなし。CD4数は徐々に減少
- AIDS発症期:CD4数が著減し、日和見感染症や悪性腫瘍を発症
感染予防対策
1. 医療用器具の取扱い
- 針刺し・切創防止のため、鋭利な器具は専用容器へリキャップせず廃棄
- 使い捨て器具の積極的利用
2. 手袋・ガウン等の着用
- 通常診療では特別な防護は不要
- 血液・体液・排泄物に触れる場合は手袋着用
- 内視鏡や解剖など濃厚接触時はガウン、マスク、ゴーグル等も併用
- 処置内容に応じて防護グレードを選択
3. 汚染物の処理
- 汚染物は非通過性容器に入れ、消毒後に廃棄または再生
- ディスポーザブル器具は焼却処分
4. 検査材料の取扱い
- すべて感染性とみなし、手袋等を着用
- 飛沫・エアロゾルの発生を最小限に
- 作業後は消毒薬で清拭
5. 個室管理
- 原則不要だが、重症下痢や血液飛散リスクが高い場合は個室管理
各部署での院内感染予防
1. 病棟・外来
- 個室は原則不要
- 感染症併発時や清潔保持困難時は個室
- 面会制限は不要だが、抵抗力の弱い者との接触は注意
2. 手術
- 必要最小限の熟練スタッフで実施
- 予防衣、ゴーグル、シューズカバー等を着用
- 手袋は二重、鋭利器具は直接手渡ししない
- 術後は0.5%次亜塩素酸ナトリウムで清拭
3. 妊婦・出生児
- 母子感染率は20~30%
- 帝王切開推奨、授乳は原則禁止
- ディスポーザブル器具の使用
4. 透析
- 原則個室で実施
- HDは避け、PDまたはCAPD推奨
- ディスポーザブル器具の使用
5. 病理解剖
- 勤務時間内、必要最小限の熟練スタッフで実施
- 死後数時間経過後に行う
- 0.5%次亜塩素酸ナトリウムで清拭
汚染物の消毒法
- 加熱処理:80~93℃で3~10分、煮沸20分、高圧滅菌121℃で20分
- 消毒薬処理:70%エタノール、2%グルタールアルデヒド、0.5%次亜塩素酸ナトリウム、5%ホルマリン水(いずれも10~30分)
- 対象物ごとの具体例は表3参照
針刺し・切創、皮膚・粘膜曝露時の対処
- 皮膚:流水と石けんで十分洗浄、エタノール消毒
- 口腔:水とポビドンヨードでうがい
- 眼:生理食塩水やヨード洗眼液で洗浄
- 針刺し:血液を絞り出し流水で洗浄、イソジンやエタノールで消毒
- その後は「針刺し・切創、皮膚・粘膜曝露後のHIV感染防止のための予防服用マニュアル」に従う
職員の教育・健康管理
- HIVに関する正しい知識の習得
- 学習会・講習会への参加
- HBVワクチン接種の推奨
HIV感染者への教育・保健指導
- 出血時の自己処理、日用品の共用禁止、性生活での感染防止(コンドーム使用)
- 妊娠可能女性には母子感染リスクの説明
- 定期受診と健康管理の重要性
本マニュアルは、弘前大学医学部附属病院の最新の知見と現場実践に基づき、HIV等の血液伝搬ウイルス感染予防の基本と具体策をまとめたものです。標準予防策の徹底と、事故発生時の迅速な対応、そして職員教育の継続が、医療従事者と患者双方の安全を守る鍵となります。※本記事は高度救命救急センターのホームページ掲載用に要点をまとめたものです。詳細は原本マニュアルをご参照ください。
- 弘前大学医学部附属病院 感染制御センター「HIV等の血液伝搬ウイルス感染予防マニュアル(第2版)」2025年4月発行
【参考資料】