お知らせ 働き方・インタビュー

花田教授・退職にあたってのご挨拶(医学部ウォーカー第116号)

 2026年3月いっぱいで退職となりました。教授としては2019年1月に採用されて6年と短い間でしたが、医学部ならびに附属病院の皆様のご支援のおかげ様で、これまでやってこれました。救急はその地域ごとに、病院の機能や分布によってそれぞれの体制でやっていく必要があります。弘前大学医学部附属病院は、地域の、かつ青森県全体の最後の砦としての役割があります。救急部が中央診療棟の四階にあったことが物語っていますが、以前は積極的に救急患者を受け入れていたわけではありませんでした。しかし、大学病院でしか診療できない大血管疾患やくも膜下出血、心臓疾患などをそれぞれの担当科が受け入れて診療していました。

 2010年4月に遠藤正彦元学長のご尽力により緊急被ばく医療が提供できる救命センターが完成し、本格的に三次救急の受入を開始しました。私もその一員として加わり、それまでの循環器救急のみならず、外傷診療や災害医療にも携わってまいりました。

 2011年3月に東日本大震災と福島第一原子力発電所(1F) 事故が引き続いて起こりました。DMATとして被災地宮古に赴いて医療活動をしたのに引き続き、1F事故対応では何度も福島に行って、原発内診療所や避難住民の一時帰宅事業での健康管理など、被ばく医療を実践する機会に恵まれました。

 2015年からは県立中央病院救命センターに勤務してドクターヘリで県内全域の現場救急を経験する機会をいただきました。全県的視野で救急医療を考えられるようになったと思います。

 2020年からはCOVID-19パンデミックへの対応に追われました。独立した場所にあったことや、被ばく医療に備えていた施設が感染症にも使えたことから、救命センターが中心となって対応しました。患者診療にあたったスタッフがホテル暮らしを強いられたり、病院内の他の部署への立ち入りを嫌がられたりといろいろありましたが、人工呼吸器やECMOで救命することが出来た方がいたことは嬉しい限りです。

 救急専属となって16年目で退職となりますが、弘前大学医学部附属病院の救急の素晴らしいところは、全ての診療科や部門がいつでも快くバックアップしていただけるところです。救急入り口の患者対応は救急医の得意とするところですが、その後の専門治療は各診療科の治療と支えてくれる各部門 (放射線、検査、臨床工学部など) がなくては救急に来た患者を十分治療することはできません。各診療科がそれぞれの予定で診療を行っている中で、突然の救急からのコンサルテーションにお応えいただくのは、大変であることは十分承知しております。それでも快く救命センターに足を運んで診療いただき、また緊急検体や輸血対応などいつも本当に感謝しております。

 今後とも引き続き地域の、青森県全体の患者様のために一緒に救急医療を行っていただけるよう、ご協力をお願いして退職の言葉とさせていただきます。ありがとうございました。

-お知らせ, 働き方・インタビュー