市中肺炎(Community-Acquired Pneumonia: CAP)は、世界的に見て罹患率および死亡率の主要な感染症原因であり、特に高齢者や慢性疾患患者といった脆弱な集団に不均衡に影響を与える重大な地球規模の健康課題です。
近年、CAPの概念は大きな転換期を迎えています。かつては急性感染症としてのみ捉えられていましたが、現在では心血管イベント、持続的な呼吸機能障害、認知機能低下といった長期的な合併症を伴う疾患として認識されており、急性期治療を超えた包括的な管理戦略が必要とされています。
本記事では、2025年の最新レビュー(Lancet Seminar)に基づき、CAPの診断、層別化、個別化された治療戦略、および長期管理の最前線を解説します。

doi: 10.1016/S0140-6736(25)01493-X. Epub 2025 Oct 16.
1. 診断技術の進歩と課題:迅速化と個別化
CAP診療の大きな課題の一つは、細菌性肺炎を迅速かつ正確に診断するためのゴールドスタンダードが存在しないことであり、これが経験的抗菌薬の過剰使用につながっています。診断技術の進歩は、この課題を克服し、治療を画一的なアプローチから個別化戦略へと移行させています。
1.1. 分子診断(NAATs)の普及
核酸増幅検査(NAATs)の普及は、病原体診断に革命をもたらしつつあります。
- 迅速で正確な検出:NAATsは、細菌性およびウイルス性の病原体(同時感染を含む)の迅速かつ正確な検出を可能にします。COVID-19パンデミックにより分子検査の導入が加速されました。
- 臨床的有用性:NAATsはSARS-CoV-2やインフルエンザの検査において、ウイルスが活発に循環している時期や曝露が疑われる場合に推奨されます。NAATsは、多臓器をカバーするシンバイオティックパネル形式でも利用可能になり、治療標的の同定を支援する可能性があります。
- 課題: NAATsの解釈は、使用される検体によって依然として困難を伴います。検出された病原体が定着菌(Colonizing Microorganism)なのか感染微生物(Infecting Microorganism)なのかという議論があるためです。
1.2. 画像診断とポイントオブケア・エコー(LUS)の役割
- 肺超音波検査(LUS):LUSは、胸部X線撮影と比較して高い感度(92%)と特異度(89%)を持ちます。ATS 2025ガイドラインでは、局所的な専門知識と機器が利用可能であれば、LUSが胸部X線撮影に代わる許容される診断代替手段として明確に認められています。
- 画像フォローアップ:症状が5~7日以内に解消した患者にはフォローアップ画像検査は推奨されませんが、症状が持続する患者や肺がんのリスク因子がある患者に対しては、治療後4~6週間での画像フォローアップが推奨されます。
1.3. バイオマーカーの役割
C反応性タンパク質(CRP)やプロカルシトニン(PCT)などの血清バイオマーカーは、抗菌薬開始の指針とするには診断性能が不十分です。しかし、これらのバイオマーカーは、抗菌薬のデ・エスカレーション(減量・中止)をサポートする信頼性の高いツールとして機能します。バイオマーカーに基づく治療アルゴリズムは、入院患者の抗菌薬投与期間を、標準治療の7.0日間と比較して4.0日間(CRP群)または5.5日間(PCT群)に短縮できることが示されています。
2. 重症度評価と治療の場の決定
CAP管理における初期のリスク層別化は極めて重要です。入院患者の13〜22%が重症CAPでありICUケアを必要とし、ICU入室患者の30日死亡率は最大で49.4%に達する可能性があります。
2.1. 主要な重症度評価スコア
IDSA/ATSの重症CAP基準は最も広く受け入れられており、ICU入室の必要性を判断するのに役立ちます。
| スコア | 主要な目的 | ICU入室の予測 |
|---|---|---|
| IDSA/ATS基準 | 重症CAPの定義 | 主要基準 (昇圧剤を要する敗血症性ショック、または侵襲的人工呼吸を要する呼吸不全) のいずれか、または副次基準 (3つ以上) でICU入室を検討 |
| CURB-65 | 死亡率と入院の必要性の評価 | 3点以上で重症(ICU検討) |
| PSI / PORT | 30日死亡率の予測 | スコアIV~Vで高リスク、入院またはICU入室を検討 |
| SMART-COP | 集中治療に必要な人工呼吸器または昇圧薬の必要性予測 | スコア5点以上で高リスク |
現在の診療ガイドラインは、スコア結果だけでなく、個々のリスクプロファイルに基づいた臨床医の判断を重視しています。
3. 治療戦略:抗菌薬の最適化と補助療法の検討
3.1. 経験的治療と病原体動向
CAPの初期治療は通常経験的です。
- 細菌性病原体:世界的に見て、依然としてStreptococcus pneumoniaeが最も頻繁に検出される細菌性病原体です。ただし、ワクチン接種の普及により、地域によってはその発生率が低下しています。
- ウイルス性病原体:分子診断の進歩により、微生物学的に確定されたCAPの最大30%で呼吸器ウイルスが検出されています。ウイルス感染は宿主免疫応答を障害し、二次性細菌感染を誘発する可能性があるため、複雑な相互作用を考慮する必要があります。
- 抗菌薬期間の最適化:治療期間は、患者の臨床的安定性や血清バイオマーカーを用いて短縮することが推奨されています。
- 外来患者: 3〜5日間
- 一般病棟入院患者: 5〜7日間
- ICU入室患者: 臨床的安定性達成後、壊死性肺炎や膿胸などの特定の適応がない限り、少なくとも5日間の投与が推奨されます
- 併用療法の優位性:重症CAPでは、$\beta$-ラクタム系抗生物質にマクロライドを追加する併用療法が、特に重症例において、マクロライドの潜在的な免疫調節効果により死亡率低下と関連していることが示唆されています。
3.2. コルチコステロイドの役割(重症CAPに対する補助療法)
コルチコステロイドの補助療法としての使用は、CAP治療において議論の的となっていますが、最新のエビデンスが示されつつあります。
- 非重症CAP:ATS 2025ガイドラインに基づき、非重症CAP患者に対する全身性コルチコステロイド投与は推奨されていません。
- 重症CAP:重症CAP患者においては、敗血症性ショックが併発している場合には補助療法としてコルチコステロイドが推奨されます。最近のメタアナリシスでは、コルチコステロイドが短期死亡率を低下させる可能性が示唆されています。ATS 2025ガイドラインでは、インフルエンザ肺炎を除き、重症CAPに対してコルチコステロイドを使用することが提案されています(条件付き、低品質のエビデンス)。
4. 急性期後の管理:CAPを慢性疾患として捉える
CAPは単なる一過性の感染症ではなく、長期的な後遺症をもたらすため、急性期後の適切なフォローアップが患者の予後改善に不可欠です。
4.1. 心血管合併症のリスク
CAPサバイバーは、退院後数ヶ月間にわたり、心筋梗塞、不整脈、心不全、脳卒中のリスクが上昇することが一貫して示されています。これは、急性感染によって引き起こされる全身性炎症や血栓傾向が原因と考えられています。
- 対応策:CAPから回復したすべての患者、特に既存の心疾患リスクがある患者は、定期的な心血管スクリーニングを受ける必要があります。
4.2. 呼吸機能および認知機能の低下
- 呼吸器リハビリテーション:重症CAP患者は、ガス交換障害や肺容量の減少といった持続的な呼吸機能障害を頻繁に経験します。早期の呼吸理学療法を含むリハビリテーションは、機能回復を促進し、再発感染のリスクを低減するのに役立ちます。
- PICS:ICUケアを必要とした患者、特に高齢者では、Post-Intensive Care Syndrome (PICS) と呼ばれる身体的衰弱、認知機能障害、および心理的障害(うつ病、PTSD)を伴う症候群を発症することがあります。
5. まとめ:研修医に求められる視点
CAPの管理は、単に適切な経験的抗菌薬を選択するだけでなく、NAATsやLUSなどの先進的な診断技術を用いて治療を個別化し、重症度スコア(IDSA/ATS基準、CURB-65、PSI、SMART-COP)を活用して早期の治療場所決定(トリアージ)を行うことが求められます。さらに、治療は急性期で終わりではありません。CAPを全身性の疾患と捉え、心血管スクリーニングやリハビリテーションを通じて、長期的な予後を改善する視点が不可欠です。
この分野の知識は進化し続けています。特に、重症CAPに対するステロイドや免疫調節薬の最適な使用方法については、さらなる研究が求められています。最新の知見を取り入れ、患者の生物学的特性とリスクプロファイルに基づいた精度の高い、患者中心のケアを目指しましょう。