先日、藤田医科大学ばんたね病院より上梓されました(厚生労働科学研究費補助金を受けて作成)「金属アレルギー診療と管理の手引き 2025」には、多岐にわたる医療分野の専門家が関与しています。金属アレルギーの定義、病型分類(局所型・全身型)、および疫学について概説するとともに、診断(パッチテスト、負荷試験)や治療、患者に対する生活指導の具体的な指針を示しています。特に、歯科金属や医療材料によるアレルギー、および小児の金属アレルギーに焦点を当て、多職種連携の重要性を強調しています。また、日本の金属アレルギーの実態調査の結果や、新たなパッチテスト試薬シリーズの検討に関するデータも提示されています。
金属アレルギーは、装飾品や日用品のみならず、整形外科、循環器内科、脳神経外科など幅広い医療領域で用いられる金属材料に起因する、極めて身近で重要な疾患です。救急・一般診療の現場においても、体内の金属デバイスや難治性の皮膚疾患患者の背景因子として鑑別が必要となるため、その基本を理解しておくことが重要です。
1. 金属アレルギーの基本と病型分類
1.1. 定義と発症機序
金属アレルギーは、免疫反応の分類においてⅣ型アレルギー(遅延型アレルギー)に分類されます。金属が皮膚や粘膜に接触し、溶出した金属イオンが体内に取り込まれることで感作が成立します。その後、抗原と感作T細胞が反応することで炎症が惹起されます。細胞の遊走を伴うため、反応が現れるまでに時間がかかり、一般的には48〜72時間後に炎症のピークを迎えます。
1.2. 主要な病型分類
| 病型 | 概要 | 臨床症状(例) | 診断の基本 |
| 局所型 (アレルギー性接触皮膚炎) | 金属が皮膚に直接触れることで発症 | 原因金属が接触した部位に限定された紅斑、丘疹、水疱。例:ベルトのバックル、ピアスによる皮膚炎 | パッチテストを用いる |
| 全身型 | 食物や歯科金属など、体内に吸収された微量金属に対するアレルギー | 汗疱状湿疹、掌蹠膿疱症、全身性慢性湿疹、扁平苔癬など、全身の皮膚に多彩な皮疹を呈する | パッチテストを行うが、陰性例もあるため、金属塩の内服テスト(金属負荷試験)が必要となる場合がある |
1.3. 疫学:注目すべき金属
パッチテストの全国データ(日本)では、硫酸ニッケル(Ni)と金チオ硫酸ナトリウム(Au)の陽性率が依然として高値です。特に日本では諸外国に比べて金チオ硫酸ナトリウムの陽性率が非常に高い傾向にあります(2023年で26.7%)。また、コバルト(Co)も感作頻度が高い金属です。
全身型金属アレルギーの自覚者は女性が多く(70.7%)、発症を自覚した年代は10歳代(24.6%)と20歳代(31.7%)が比較的若年期から多い傾向があります。
2. 医療現場での金属アレルギー対応:デバイス関連
金属アレルギーは、整形外科の人工関節、循環器内科の冠動脈ステント、脳神経外科のクリップやコイルなど、体内に留置される金属製医療材料に起因して発症する可能性があります。
2.1. 術前における対応
1. 既往がない場合: 術後に金属アレルギーを発症するリスクは高くありません。スクリーニング目的でのパッチテスト実施は、感作を生じるリスクがあるため推奨されていません。
2. 金属アレルギーが疑われる場合: 問診から金属アレルギーが疑われる患者に対し、緊急性がなく実施可能な場合に限り、術前にパッチテストを行い治療選択の参考にすることを検討します。
3. 救命を要する緊急手術の場合: 心臓血管外科や脳神経外科領域などで緊急手術が必要な場合、使用可能なデバイスが当該金属を含むものしかない場合は、救命目的に許容されます。
近年の医療材料では、アレルギーのリスクが低いチタンやニッケルフリー合金の製品も開発されており、選択肢となり得ます。
2.2. 術後に不具合や皮疹が出現した場合
術後に金属アレルギーが疑われた場合は、感染症やその他の原因を除外した上で、金属製医療材料の構成成分についてパッチテストを検討します。
• 診断基準(医療材料関連):金属挿入後数週間から数か月間で皮膚炎が発症し、挿入部周囲に皮疹があり、パッチテスト陽性で、金属抜去後に症状が改善した場合が該当します
• 金属製医療材料の除去や交換は侵襲性が高いため、アレルギー症状が難治性で重篤な場合に限り検討します
• 冠動脈ステント再狭窄:ステント内再狭窄例においてニッケルアレルギー陽性が有意であったとする報告があり、時間的猶予があれば再留置前に金属アレルギー検査を検討することが望ましいです
3. 診断のゴールドスタンダード
金属アレルギーの診断におけるゴールドスタンダードは、パッチテスト(48時間閉塞貼付試験)です。
• 手技と判定: 試薬を上背部などに貼付し、48時間後(2日目)、翌日または翌々日(3日目/4日目)、そして1週間後に反応を判定基準(ICDRG基準)に従って評価します。
• 注意点: パッチテストは偽陽性が生じる可能性があるため、臨床症状や既往歴と合わせて慎重に判断する必要があります。また、パッチテストは複数回の受診が必要であり、結果が出るまで時間がかかる(最低2週間程度、遅延型反応の確認には1か月を要する場合がある)ため、特に術前の検査計画には注意が必要です。
• その他の検査: 血液検査(LST)はまだ標準化されておらず、日常診療における金属アレルギー診断への応用は難しいのが現状です。全身型金属アレルギーの診断がパッチテストで困難な場合は、金属負荷試験(ニッケル、コバルト、クロムなどが可能)が検討されますが、これは倫理委員会の承認が必要な検査であり、高ニッケル食などの食品負荷試験で代用する方法も報告されています。
4. 歯科金属アレルギーと多職種連携の重要性
皮膚症状(特に掌蹠膿疱症や口腔扁平苔癬様病変)の原因として、歯科金属アレルギーや歯性病巣感染が関与する可能性があります。
• 連携の必要性: 金属アレルギーの診断・治療・予防は皮膚科のみで完結せず、歯科医師、管理栄養士、看護師、歯科衛生士など多職種・多科との連携が不可欠です。
• 歯科との連携フロー: 歯科金属アレルギーが疑われる患者が歯科を受診した場合、まずは皮膚科へ紹介し、皮膚科で診断と治療方針が決定されます。
◦ 重要事項: 皮膚病変に影響を及ぼす歯科的要因として、歯科金属だけでなく、歯性病巣(根尖病変、歯周病、う蝕など)による慢性炎症が最大であるという認識が医科・歯科共通で広がりつつあります。
◦ 皮膚科から歯科へ紹介する際は、金属アレルギーの原因精査だけでなく、歯性病巣のスクリーニングと処置を優先して依頼することが推奨されます。
• 全身型アレルギーと栄養指導: 全身型金属アレルギー患者で、経皮的な接触回避のみで改善しない場合、管理栄養士と連携し、原因金属(ニッケル、クロム、コバルトなど)を多く含む食品の多量摂取を控えるよう栄養食事指導を行います。
5. 生活指導のポイント
診断でアレルギーが確定した金属については、含有製品に直接接触しないように指導します。
• アクセサリー・日用品: ニッケルは装飾品(ピアス、ネックレスなど)や日本の硬貨(50円、100円、500円)にも含まれます。コバルトアレルギーがある場合は、コバルトを含むビタミンB12製剤の服用を避ける必要があります。
• 体内デバイス: 体内に金属製医療材料が残っていても、無症状であれば金属製医療材料の除去は必要ありません。症状がある場合に限り、除去や置換が検討されます。
本記事は、厚生労働科学研究班による「金属アレルギー診療と管理の手引き 2025」に基づき作成されました。金属アレルギーは多岐にわたるため、他科との連携を密にし、適切な診断と管理を目指しましょう。