流行性角結膜炎(Epidemic Keratoconjunctivitis: EKC)は、アデノウイルスD群などによって引き起こされる、非常に感染力の強いウイルス性結膜炎です 。はやり目ですはやり目。めちゃくちゃ痒いですよね。その高い伝播性から、病院内での集団発生(アウトブレイク)のリスクがあり、医療環境における感染対策の理解と実践は極めて重要です。
EKCを理解する
EKCの適切な管理と予防のためには、まずその特徴を正確に把握することが不可欠です。
1. 原因ウイルスと特徴
EKCの主な原因はアデノウイルスD群(8, 37, 53, 56, 64/19a型など)です 。このウイルスはノンエンベロープウイルスであり、アルコールベースの手指消毒薬に対して抵抗性を示すため、石けんと流水による物理的な手洗いが感染対策の基本となります 。
2. 感染経路
主な感染経路は接触感染です 。具体的には以下の通りです。
- 患者の涙液や眼脂などの分泌物との直接的・間接的接触
- 患者に使用した眼科医療機器の汚染
- 汚染された点眼薬の共有
- 患者自身や医療従事者の手指を介した接触
- ウイルスが付着したドアノブや手すりなどの環境表面からの接触
3. 臨床症状
典型的な症状には、急性の眼の充血、多量の眼脂、流涙、異物感、羞明などがあります 。また、眼瞼の腫脹や、耳前リンパ節の腫脹と圧痛を伴うことも特徴的です 。
4. 潜伏期間と感染期間
EKCの潜伏期間は一般的に1~2週間とされています 。感染力がある期間は、症状が現れる3日前から発症後約2週間と長く、この期間は他者への感染源となり得ます 。通常、ウイルスに対する免疫が獲得されると約2週間で自然治癒します 。
EKC院内感染対策
EKCの感染力の強さと長い感染期間を考慮すると、院内での感染拡大を防ぐためには、標準予防策の徹底に加え、接触感染予防策の厳格な実施が求められます 。
1. 基本原則
- 接触感染予防策の実施:EKCが疑われる、または確定した患者の診療・ケアを行う際は、個人防護具(手袋、場合によりガウンやゴーグル)を適切に使用します。
- 患者・家族への説明と教育:EKCであること、その感染力、他者への感染を防ぐための隔離の必要性(個室管理など)について十分に説明し、理解と協力を得ます 。
- 手指衛生の徹底:「一行為一手洗い」の原則を遵守します 。流涙や眼脂に触れた後、患者に接触する前後、処置や検査の前後には、必ず石けんと流水による手洗い(20~30秒間)を行い、ペーパータオルで乾燥させます 。
- 物品の管理と消毒:
- 患者が触れた可能性のある物品は他と区別し、適切に消毒します
- 治療用具は可能な限りディスポーザブル製品を使用します
- 診療器材は患者専用トレイに別途用意し、他の患者との共用を避けます
- 点眼薬の共用は絶対に避けてください
- 情報共有:EKC患者が発生した場合、眼科科長は速やかに感染制御センターに連絡し、院内の医療従事者等へ注意喚起を行います 。
2. EKCに対する消毒方法
アデノウイルスは消毒薬への抵抗性が比較的高いため、適切な消毒薬と方法を選択することが重要です 。
- 環境(ドアノブ、ベッド柵、テーブルなど):
- 0.1%次亜塩素酸ナトリウム(例:泡洗浄ハイターなど)で清拭消毒
- または、ペルオキソー硫酸水素カリウム含浸クロス(例:ルビスタ)で清拭消毒
- 80%エタノール含浸クロスで清拭消毒(この場合は2度拭きが必要)
- 医療器具(接眼レンズ、圧平眼圧計のチップ等):
- 丁寧な洗浄後、0.05%次亜塩素酸ナトリウムに5~10分間浸漬消毒します
- 高水準消毒薬は、残留した場合に角膜障害を引き起こす可能性があるため、製造元が推奨していても使用は推奨されません
- 使い捨ての圧平眼圧計チップの再利用は推奨されません
- 手指:
- 石けんと流水による手洗いが最も重要です。手指消毒薬の併用も推奨されますが、アデノウイルスに対しては次亜塩素酸ナトリウムやポビドンヨード含有消毒剤の方がエタノール単独よりも効果が期待できます 。
二次感染拡大防止策:具体的な対応
1. 外来でのトリアージ(優先的診療)体制
EKC疑い患者を早期に識別し、他の患者への感染リスクを最小限に抑えるための体制です。
- 初診患者:
- 総合案内で眼科受診希望者にEKC疑い症状(急な充血、眼脂など)がないか確認し、該当する場合は速やかに眼科受付に連絡し指示を受けます
- 職員が初診申込書を代筆し、眼科受付へ案内する際は、人混みを避け、環境面に触れないよう注意します。患者が触れた箇所は速やかに環境清掃を行います
- 眼科受付では、EKC疑い患者に対して感染防止策を徹底し、速やかに医師に連絡して診察を行います
- 料金カードは患者に持たせず、気送管で送るか看護師が持参し、流行性角結膜炎患者であることを会計窓口に伝えます。使用したホルダーは廃棄します
- 診療費の支払いは、治癒または感染の恐れがないことが確認されてからまとめて支払うよう患者に伝えます
- EKCに関するパンフレットを渡し、患者及び家族に病態や感染性について説明します
- 再来患者:
- 予約は混雑の少ない時間帯とし、再診受付を通らず直接眼科受付に来るよう指示します
- 診療費の支払いも初診時と同様の配慮をします
- 環境・器具・器材の清掃:
- 診察後は、使用した器材を80%エタノールで二度拭き、もしくは洗浄後0.01%次亜塩素酸ナトリウムに1時間浸漬消毒します
- 診察室や待合室の環境整備は、0.1%次亜塩素酸ナトリウム、ペルオキソー硫酸水素カリウム含浸クロス(ルビスタ)、または80%エタノール含浸クロス(二度拭き)で清拭消毒を行います
2. 病棟での対応
入院患者がEKCを発症、または疑われる場合の対応です。
- 発症が疑われた時点で感染制御センターに連絡し、個室管理を開始します
- 眼科医の診察を受け、診断された場合は、可能であれば外泊や一時退院を検討します
- 原疾患が重症な場合は、個室管理を継続し、接触感染予防策を徹底します 。診断が確定しない疑い例でも同様の対応を行います
- 入室前後の手指衛生を励行します
- 発症者の処置時は手袋を着用し、患者毎に交換します。手袋交換前後も手指衛生を行います
- 眼分泌物(涙液・眼脂・余分な点眼液)は直接手で触らず、ティッシュペーパー等で除去させ、すぐに廃棄させます。患者にも分泌物に触れた後や眼に触れる前の手指衛生を徹底するよう指導します
- 個室管理期間は原則2週間とし、眼科医の治癒診断後に解除します
- 面会は原則禁止とします
3. 複数名発症した場合の対応(アウトブレイク時)
院内で複数のEKC患者が発生した場合、迅速かつ組織的な対応が必要です。
- 感染対策チーム(ICT)と連携し、感染状況を正確に把握します
- 発症3日前から接触した可能性のある患者・職員をリストアップします(接触者追跡)
- 他科受診や検査のための出棟歴を確認し、関連部署に情報提供と注意喚起を行います
- 接触者に発症可能期間内に同様の症状が出現した場合は、迅速に検査を実施します 。検査が陰性でも感染リスクがある場合は、接触感染予防策に準じた対応を継続します
- 複数名の感染が確認された場合は、必要に応じて緊急感染対策委員会や緊急運営会議等を開催し、面会制限や診療制限を検討することもあります
- 可能であれば、入院患者の外泊や一時的な退院を実施し、その際も症状出現時には連絡するよう伝えます
- 最後の発症から2週間経過した時点で入院再開等を検討します
- 患者の不利益を最小限にとどめるよう配慮します
医療従事者や臨床実習生等が罹患した場合
医療従事者自身が感染源とならないための対策も重要です。
1. 感染が判明した場合
- 直ちに医療機関での診断結果を所属長(指導医など)に申し出ましょう
- 所属長は感染制御センターに報告が必要です
- 他への感染を防ぐため、発症後の2週間は原則として就業制限となります。ただし、眼科医師の診断がある場合はこの限りではありませんが、感染制御センターに確認が必要です
- 本人が触れたと思われる器具や場所の消毒を十分に行います
- 発症の3日前から無症候性にウイルスを伝播する可能性があるため、曝露のあった職員は接触後14日間、顔面、特に眼を触らないように注意し、手指衛生を徹底します
2. 感染が疑われる場合
- 有症状時は勤務を控え、速やかに医療機関を受診し、医師の指示に従います
- 勤務可能となった場合でも、顔面、特に眼を触らないように注意し、手指衛生を徹底します
医学生・研修医の皆さんへ
流行性角結膜炎は「ただのはやり目」と軽視されがちですが、その感染力は非常に高く、一度院内で発生すると、患者さんだけでなく医療スタッフにも広がり、病院機能に大きな影響を与える可能性があります。皆さんの感染対策に対する正しい知識と行動の一つ一つが、院内感染を防ぐための重要な鍵となります。
*本記事は、弘前大学医学部附属病院 感染制御センター発行「流行性角結膜炎(Epidemic Keratoconjunctivitis: EKC) 院内感染対策マニュアル 第2版(2025年4月30日発行)」の情報を基に作成しました 。
より詳細な情報や最新のガイドラインについては、以下の資料も参照してください。
- 国立大学医学部附属病院感染対策協議会「病院感染対策ガイドライン」
- 日本眼科学会「アデノウイルス結膜炎院内感染対策ガイドライン」
- 厚生労働省「流行性角結膜炎」に関する情報
- 厚生労働省「感染症法に基づく消毒・滅菌の手引き」