2024年7月、NEJMに掲載された総説『Acute Abdomen in the Modern Era』は、100年以上前の名著『Cope’s Early Diagnosis of the Acute Abdomen』の身体所見の重要性を再確認しつつ、現代の画像診断や認知バイアスへの対策を統合した重要な論文です。
本稿では、この総説の要点に加え、急性腹症診療のバイブルであるCopeの教義、そして実臨床で役立つCT読影手順について、医学生・研修医の皆さんと共有すべきポイントを解説します。
1.現代の急性腹症診療 6つの最重要ポイント
NEJM総説とCopeの教えを統合すると、以下の6点が現代の急性腹症診療の核心となります。
- 徹底的な病歴と身体所見: 画像全盛の時代でも、これが診断の出発点である
- 虫垂炎の症状順序「AP(P)E TFC」: 症状の出現順序が診断の鍵となる
- 造影CTが第一選択: 単純CTは診断精度を著しく下げる(Diagnostic Penalty)
- 早期の鎮痛薬投与: 診断前に鎮痛しても所見はマスクされない。むしろ推奨
- 認知バイアスへの警戒: 重篤な場面ほど「思い込み」による誤診が起きる
- 迅速な外科コンサルト: 迷ったら早期に外科医を呼ぶことが予後を改善する
2.診断の「型」:Copeの教義と虫垂炎のAP(P)E TFC
1921年に初版が出版されたCopeの『急性腹症の早期診断』は、現代でも通用する身体所見の宝庫です。特に虫垂炎の症状出現順序は絶対的なルールとして覚えておく必要があります。
虫垂炎の鉄則:AP(P)E TFC
虫垂炎は、ほぼ例外なく以下の順序で進行します。
- Abdominal Pain(腹痛):最初は心窩部・臍部の内臓痛
- (P)Eritonitis(腹膜炎症状のチェック:反跳痛、筋性防御)
- Emesis(嘔気・嘔吐):必ず腹痛の後に来る
- Tenderness(圧痛):右下腹部への移動
- Fever(発熱):穿孔前は微熱程度
- WbC(白血球上昇):最後に出現する所見
重要な鑑別点:
- もし「嘔吐が腹痛より先行」したり、「発熱が腹痛より先行」した場合、虫垂炎の可能性は著しく下がります(胃腸炎などを疑う)
- 食欲不振(Anorexia)は非常に高頻度で見られます。「お腹が空いた」と訴える虫垂炎患者は稀です
3.画像診断の鉄則:なぜ「造影」CTなのか
NEJMの総説では、現代の急性腹症における画像診断のゴールドスタンダードは造影CTであると断言しています。
- 単純CTのリスク: 造影CTと比較して診断精度が約30%低下します。これを「Diagnostic Penalty(診断上のペナルティ)」と呼び、見逃しや訴訟リスクに繋がります
- 造影剤腎症への懸念: 多くの臨床医が造影剤腎症を懸念しますが、その発生確率は一般に考えられているよりも低く、急性腹症における診断的利益がリスクを上回ることが多いです
実践!腹部CT読影手順(秦康博先生によるメソッド)
漫然と画像を眺めるのではなく、以下の手順で読影する癖をつけてください。
「腹痛」全般の読影手順
- 全体チェック: 腹水、フリーエア(+腸間気腫、門脈ガス)、脂肪織濃度上昇(Fat stranding sign)の有無
- 臓器別チェック: 胃・十二指腸・大腸・虫垂 → 肝・胆・膵・脾 → 副腎・腎・尿管・膀胱 → 生殖器(子宮・卵巣/前立腺・精巣)
- 血管系チェック: 腹部大動脈(瘤・解離)、内臓動脈(塞栓・解離)、リンパ節
- 周辺チェック: 肺野(肺炎・胸水)、骨、軟部組織
- 心臓(造影範囲に含まれる場合): 心筋壁の造影不良(心筋梗塞による心窩部痛の除外)
「腸閉塞(イレウス)」を疑う場合の読影手順
- Niveau(鏡面像)の確認:
- 上行結腸が拡張していなければ「小腸閉塞」
- 上行結腸が拡張していれば「大腸閉塞」
- 胃・小腸・大腸すべて拡張なら「麻痺性イレウス」を疑う
- ヘルニア門の確認: 鼠径、大腿、閉鎖孔ヘルニアを見逃さない
- 腹水の性状: 膀胱内の尿と比較してCT値が高ければ血性(=絞扼性)を疑う
- 絞扼(Strangulation)の検索:
- 腸間膜血管(SMV/SMA)を追う。血管径が A > V となっていたり、捻転があれば虚血を示唆
- Closed loopの形成(Beak sign)を探す
- 単純CTで腸管壁が高吸収(High density)なら出血性壊死の可能性
4.鎮痛薬は「診断前」に使ってよい
「痛み止めを使うと所見がマスクされて診断が遅れる」というのは過去の話です。 NEJM総説では診断確定前の鎮痛薬(オピオイド含む)投与を強く推奨しています。
- 適量の鎮痛薬投与は、診断精度を下げず、外科的介入のタイミングも遅らせません
- 患者の苦痛を取り除くことは倫理的にも重要であり、また詳細な問診・身体診察への協力を得やすくします
5.認知バイアスという「見えない敵」
救急外来のような高ストレス・時間切迫下では、医師は認知バイアスに陥りやすくなります。
- Anchoring Bias(アンカリング): 最初の情報(「酒飲みだから膵炎だろう」など)に固執してしまう
- Confirmation Bias(確証バイアス): 自分の診断に都合の良い所見ばかり集めてしまう
- Premature Closure(早期閉鎖): 十分な検討の前に診断を確定してしまう
対策: NEJMでは石川馨の特性要因図(Fishbone Diagram)のような思考プロセスを紹介しています。 「診断見逃し」を防ぐために、病歴、身体所見、画像、バイアスなどの要因を一つずつ潰していく姿勢が必要です。特に高齢者は症状が非典型的であり、バイアスに陥りやすいため注意が必要です。
6.疾患別クリニカルパール(Copeの要点より)
最後に、Copeが記した各疾患の特徴的な所見をまとめます。
- 胃十二指腸潰瘍穿孔:
- 発症初期の激痛(化学性腹膜炎)の後、2〜12時間後に一時的に痛みが軽減する時期がある。ここが手術の絶好機であり、かつ誤診しやすい「魔の時間」である
- 中腋窩線での肝濁音界消失は穿孔(フリーエア)の徴候
- 急性胆嚢炎:
- 初期は心窩部正中の痛み(内臓痛)。数時間後に右季肋部へ移動する(体性痛)。この移動は虫垂炎に似ている
- Cope自身の体験:「右季肋部にゴルフボール大の硬い胆嚢を触れれば、圧痛がなくても胆嚢炎が強く疑われる」
- 急性膵炎:
- 両側腰痛、チアノーゼ、高熱、軽度黄疸のセットは膵炎を疑う
- 重症急性腹症で高脂血症(乳び血清)があれば膵炎の可能性が高い
- 異所性妊娠(Ectopic Pregnancy):
- 「子宮外妊娠」ではなく現在は「異所性妊娠」と呼称する
- 破裂前は、月経異常(1日でもズレていないか確認)、下腹部痛、少量の性器出血がトライアド
- 肩への放散痛は横隔膜下への腹腔内出血を示唆する
まとめ
急性腹症は、Copeの時代から続く「手で診る技術」と、現代の「画像診断技術」、そして「認知バイアス制御」の3つを組み合わせることで、見逃しを減らし、患者の予後を改善できます。迷ったときは基本に立ち返りましょう。
「AP(P)E TFC」と「造影CT」、そして「早期コンサルト」です
消化器内科・外科の先生方、いつも大変お世話になっております!今後ともよろしくお願いいたします。
参考文献
- Rogers SO Jr, Kirton OC. Acute Abdomen in the Modern Era. N Engl J Med. 2024 Jul 4;391(1):60-67.
- Cope’s Early Diagnosis of the Acute Abdomen (Revised by William Silen).
- 西伊豆健育会病院 仲田和正先生 2024年8月 カンファレンス資料
