救急外来における胸痛評価は、緊急性の高い病態を迅速に特定しつつ、不必要な検査や入院を最小限に抑えるという、救急医学の醍醐味と難しさが凝縮された分野です。2025年のBMJに掲載された最新の総説に基づき、医学生・研修医が押さえておくべき実践的なポイントを解説します。
1. はじめに:なぜ胸痛評価が重要なのか
胸痛は救急外来受診理由の第2位(全体の約5%)を占める非常に一般的な主訴です。その原因は急性冠症候群(ACS)から大動脈解離、気胸、消化器疾患まで多岐にわたりますが、実際にACSと診断されるのは約5.1%に過ぎません。しかし、冠動脈疾患(CAD)は依然として主要な死因であり、「見逃し(Miss)」が許されない一方で、過剰な検査による医療資源の浪費も課題となっています。
2. 初期評価の鉄則:10分以内の心電図
胸痛患者が来院したら、まず最初に行うべきは12誘導心電図です。ガイドラインでは来院から10分以内の記録と解釈が推奨されています。
- STEMIの特定: 直ちに再灌流療法(PCIや血栓溶解療法)の適応を判断
- 動的な変化: 初回の心電図が正常であっても、症状が続く場合はACSが進行している可能性があるため、繰り返し記録することが重要
3. 高感度心筋トロポニン(hs-cTn)の「正しい」解釈
現代の胸痛評価の核となるのが高感度心筋トロポニン(hs-cTn)です。従来のトロポニン検査よりも微量な心筋傷害を検出できるため、迅速な診断(除外)が可能になりました。
- 感度と特異度のトレードオフ: hs-cTnはAMIに対する感度と陰性的中率が非常に高い一方で、特異度は低下
- 「トロポニン上昇=心筋梗塞」ではない: 心不全、心筋炎、肺塞栓、慢性腎臓病、敗血症、さらには激しい運動でもhs-cTnは上昇
- 連続変数としての理解: 99パーセンタイル(正常上限)というカットオフ値による二分法的な解釈だけでなく、「数値がどれくらい高いか」「時間経過でどう変化するか(Delta値)」に注目する必要があります。なお、正常範囲内であっても上限に近い値(High Normal)を示す患者は、長期的な予後が不良である傾向があります。
4. リスク層別化スコアの活用
臨床判断を標準化するために、いくつかのリスク層別化スコアが開発されています。
- HEARTスコア: 歴史(H)、心電図(E)、年齢(A)、リスク因子(R)、トロポニン(T)の5項目で構成され、低リスク患者の特定に優れています
- EDACS / T-MACS: これらは最新のhs-cTnの使用を前提に設計されており、従来のTIMIスコアよりも感度や診断効率において優れていると報告されています
- スコアの限界: hs-cTn自体の予後予測能が向上しているため、スコアを併用することによる付加価値については現在議論があります
5. 迅速診断プロトコル(0/1時間、0/2時間アルゴリズム)
hs-cTnを用いた0/1時間または0/2時間アルゴリズムは、欧州心臓病学会(ESC)でも推奨されている強力なツールです。
- 高い安全性: 大規模なメタアナリシスでは、0/1時間アルゴリズムによるAMI除外の感度は99.1%、陰性的中率は99.8%
- 注意: ただし、既に冠動脈疾患(CAD)の既往がある患者では、これらのプロトコルの陰性的中率がわずかに低下(約96.6%)する可能性あり
6. 患者中心の意思決定と画像検査
ACSが除外された中リスク患者に対しては、冠動脈CT血管造影(CCTA)などの非侵襲的画像検査が検討されます。
- CCTAのメリット: 閉塞性冠動脈疾患を高い精度で除外でき、不要な入院やコストの削減、入院期間の短縮に寄与
- 共同意思決定(SDM): 検査のベネフィットだけでなく、放射線曝露やコスト、偽陽性のリスクについて患者と話し合い、価値観を共有した上で方針を決定することが推奨される
まとめ:研修医へのメッセージ
救急外来での胸痛評価は、単に「心筋梗塞を見つける」ことだけではなく、「誰が安全に帰宅できるか」をエビデンスに基づいて判断するプロセスです。高感度トロポニンの数値を臨床背景(病歴・心電図)と統合し、構造化されたプロトコルを用いることで、安全かつ効率的な診療を目指しましょう。
